ゴルフの名言勝手に解釈  (渡辺隆司のゴルフブログ)

過去から今に伝わるゴルフの「名言・格言」を、勝手な解釈で描いて行きます。 読んだ結果、多分、ゴルフが上手くはなりません。 でも、ちょっと良いゴルファーにはなれるか、と。 もちろん責任持ちませんが。 (イラストの無断使用はしないで下さい)

カテゴリ: ゴルフの名言勝手に解釈

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「パターが手からずり落ちそうになるくらい、ゆるく握りなさい」...ボビー・ロック。

これは、パットの名手と言われたボビー・ロックが、パターのグリップの力加減を聞かれた時に答えた言葉だと言う。

パターのグリップというのは古くからのイギリスの名言で「パターはひよこをつかむようにグリップせよ」だとか、英語で「Feather grip」と言うように、「弱く握る」のが確かな正解らしい。
パットが苦手とか下手という人は、例外なくグリップを強く握り過ぎているというのだが...どうなんだろう?

どうもテレビの映像や動画で見ても、或いはプロのパットを近くで見ても、グリップの力加減までは良く判らないので「へえ、そうなのか」としか言えないような。
ただ、短い距離をよく外す人を見ていると、グリップする指が白くなるほど強く握っている事が多い。
そのために、どうしてもスムーズなバックスイングができず、ヘッドが左右に揺れるような不安定な軌道を動いて、痙攣したようなインパクトでボールに当たる。
酷くなると、短い距離なのにとんでもなく強く当たったり、打った瞬間に方向も強さも違うのが自分で判ったり...
そうなると所謂「イップス」と言えるんだろうけど(以前から「高い金や生活のかかっていない素人がイップスになる訳ない」と言われて来たけど、素人なりに一生懸命やっている人にそうなっている人は案外多いと思う)。

此処はボビーロックを信じて、「パターがずり落ちない程度」にゆるく握って打ってみよう。
...私の場合はロングパターなので、右手をゆるくすればいいんだけれど...
どうも私自身は「パットが入る入らないはその日の運任せ」と思っているから、上手くならないのかも。

「ゆるく握る」...プロの世界で最近の流行とでもいえる「クロー・グリップ」なんてのも、指の力(特に右手の)を抜くためにあんな形になったと言われている。

...ボビー・ロックに、ある人が「全英オープンで最後の4フィートのパットを入れたら優勝出来るという時は?」と聞いた時、その答えは...「その時は、もっとゆるく握りなさい」だって!!
(摂津茂和氏『不滅のゴルフ名言集」による)。

パターが苦手な人は、一度はやってみる価値があるのでは?

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「人の失敗を笑う奴と、プレーの遅い奴。この手の人間とは2度と一緒にプレーしたくない。」...ウイリー・パーク・ジュニア。

確かに、「もう二度とこんな奴と回りたくない」なんて種類のゴルファーがいる。
「スロープレーヤー」は当然の事だろう。
以前、たった一人のスロープレーで、3ホールで前に2ホール置いて行かれた事があった。
私を含め他の3人が、殆ど素振りもしない速いプレーヤーだったのに、だ。
その男は、カートに乗らず極端にゆっくり歩く。
一番飛ばないのに、ボールのところにやっとたどり着いてからしばらく考え、何回も素振りをし、またクラブを換え、また...他の3人が焦れて、「先に打ちます」と言って全員打ち終わった後もまだ打たない...グリーン上ではあくびが出るほどさらに遅い。
3ホールでマーシャルが付き、3人で「急ぎましょう」と促しても「私たち遅くないですよねえ」と来た!
3人が「遅いです!」と声を揃えて怒鳴っても判らないようだった...これが自分が出会った最低のスロープレーヤーだった。
「多分、今迄ずっと誰もそれを注意出来ないような、偉い職業の人だったんだろう」というのが3人の意見...仕事に関係ないところでは、死ぬ程毛嫌いされていただろう可哀想なゴルファーだった。

「人の失敗を笑う奴」...これは、反省しなくては(汗)。
自分はそういうゴルファーの一人だと言える。
ゴルフを始めた頃の話だが、ある凄く懸命に真面目にゴルフをしている人と回った時に、深いラフからの彼のショット...フルスイングしたときにボールが遅れて「フワッ」と柔らかく上がったのが見えた...それがフルスイングのフィニッシュで顔の前まで来たヘッドに奇麗に当たり後ろに飛んで行った!
素晴らしいトリックショットを見たようで、「凄い凄い」と腹を抱えて大笑いしてしまった...彼自身は何が起きたか判らない様な憮然とした顔をしていたので、それを見てまた笑ってしまった。
そして...その後彼と一緒に回ったことがない。
またあるコンペのスタート時、飛ばし自慢の男のフルフルショットは、ヘッドの先に当たったようで...真横にいたキャディーさんの足の間を通り、見ていた我々の間を通り、何かに当たった「カキーン」という音がした。
「キャー!」「ワアーー!」「アブねえっ!」「怖〜!」とかいう騒ぎの中、「ボールは?」と皆があちこちを探し始めたその時、「ボトッ」という音と共にティーアップしていた場所のすぐ近くにボールが落ちて来た。
集まっていた皆が大笑い...特に俺は指差して大笑い...打った本人だけが呆然とボールを見つめていた。
それから彼とゴルフをしたことはない。

きっと、彼等にとって俺は「二度と一緒にゴルフをしたくない嫌な奴」になってしまったに違いない。
...気をつけよう。
人の失敗を絶対に笑ってはいけない。
どんなにおかしくても、笑う時は本人に判らないように、笑いをこらえ噛み殺して平気な顔をしていなくてはならない...そうしないと俺のようにゴルフ仲間を無くしてしまうから。



でも、俺は自分がそんな失敗をした時って、他人より自分で一番笑ってしまうんだけどなあ...
あんまり恥ずかしいときは、クラブの所為にして怒ってるフリをしたりして。 


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『ゴルフは法律と似ている。 どちらもトラブルが相手だ。』...バーナード・ダーウィン。

みんな勘違いしている、ってことだ。
プロの試合を見ても、フェアウェイの平らで芝の生え揃った、何の問題も無いライからピンを狙ってパーオンする...それがゴルフだって思っている。
まるで練習場の打席のような場所からショットを打つのが「いいゴルフ」だって思っている。

ゴルファーにとって「良いコース」というのは、どんなコースだろうか?
よく言われるのは、「飛行場の滑走路のように広いフェアウェイ」「アップダウンのない平らなホール」「グリーンまで見通せる真っすぐなホール」...「古い名門コース」なんてのに多いのかもしれない。
こういうコースでのゴルフは、どのショットも練習場と同じに打てて、良いスコアは出せるかもしれない。
だから、スコアだけを追求する人にはきっと良いゴルフ場だと評価されるんだろう。

しかし、古いコースでも「名のある」設計家が残したコースは、決して不自然に平らなフェアウェイなんて作らず、逆に自然の地形を実に上手く生かして変化のある、練習場では絶対体験出来ないようなショットを要求するコースとなっている。
それは、ゴルファーにアイデアと対応の柔軟性を求めるということ。
つまり「真っ平らなライなんて、自然界には存在しない」ということだし、「練習所と全く同じ打ち方なんかは通用しないよ」ということだ。

それは、ゴルフコースではティーショット以外の、全てのショットが程度の差はあれ「トラブルショット」であるとも言える。
勿論、フェアウェイを外れれば、木の上木の下、或いは草の中水の中、砂の上に土の上、爪先上がりに爪先下がり、左足上がりに左足下がり...「大トラブル」なのは当たり前。
フェアウェイにボールがあったって、絶対に毎回違うライになる。
そういう場面で、柔軟な発想とテクニックを組み合わせて対応するのが「ゴルフというゲーム」の本質なんじゃないだろうか。

良いライからナイスショットを打たなくてはいけない、なんて思い込んでいるのは間違っている。
千変万化するライと遊ぶのがゴルフ...古来「ゴルフはライのゲーム」だと言われている。
ゴルフの面白さは「ライの変化にどう対応するか」、つまり「トラブルにどう対応するか」という事だともダーウィンは言っているわけだ。

本来のゴルフは「ティーグラウンドから以外のショットは全てトラブルショット」と覚悟しておいた方がいい。
そうして、そのトラブルに対応する事こそ、ゴルフの醍醐味。
それが上手くいったら、それこそ最高の喜びが待っていると思えばいい。

まあ、ゴルフに対する熱中度が、また一つ上がる...とも言える訳だけど。

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「風を嫌ってはならない。風はゴルファーの長所と欠点をはっきり教えてくれる。」...ハリー・バードン。

本当にそう思う。
個人的には、雨というのは面倒が多くなるばっかりで、素人にとってはスイングとやる気との両方を壊すものでしかないと思う。
おまけにグリップが滑ったりして、自分も他人にも怪我をさせかねない...だから雨の日のゴルフは大っ嫌い。

でも風の日のゴルフは違う。
よく「自分の持ち球はフェードボールだ」とか「自分はドローボールが持ち球だ」なんて言う人がいるけれど、風の強く吹く日にゴルフをすればそれが本当か勘違いかすぐ判る。
自分でそう言う人達のほとんどは、「フェードボールヒッター」や「ドローボールヒッター」ではなく、ただの「スライス打ち」か「フック打ち」なのだ。
...本当の「フェードボール」や「ドローボール」は、不思議になほど風に翻弄されないもの。
対してスライスボールやフックボールは、笑ってしまうほど風にもてあそばれてとんでもないところに行ってしまう。
これは、本物のフェードやドローのボールというのは、サイドスピンの横に曲がる力より直進する力が強い為に、意外なほど風の影響を受けないという事らしい。
これについては、ボビー・ジョーンズが「ダウン・ザ・フェアウェイ」の中で、「正しく打たれたボールは驚くほど風の影響を受けない」とも書いているくらい。

それが、フェードもどきのスライスボールや、ドローもどきのフックボールは横回転が強いために、思っている何倍も風に影響されてしまうのだ。
風の中でゴルフをプレーして、いつもの何倍も曲がったり飛ばなかったりというのは、風が「お前の打っているのはサイドスピンの多いスライスやフックだよ」と教えてくれている訳だ。

ボールの弾道や飛距離もそう。
北風と太陽ではないけれど、なんとしても風に負けまいとすればするほどボールは風に負けて吹き上がる...力を入れれば入れるほど、ボールが飛ばなくなる。
そうして風との格闘に疲れ果てた時に、フッと優しくボールを運んでやるようなつもりでスイングすると意外にボールが伸びて飛んで行く、なんて事を経験した事は誰でも一度はあると思う。
しかし、たいていの人は何かの間違いか気のせいかと思って、それを続けようとはしない...
それこそ、その時のスイングが君の一番いいスイングだ、って風が教えてくれているのに。

そして、心構えも必要だ。決して「追い風が同じ数あるはずだ」、なんて思ってはいけない。
追い風や都合の良い風を願ってはいけない。
「風が吹くときは必ず向かい風」と、覚悟してゴルフをする事だ。


これは、理屈じゃない。
ゴルフも人生も、そういうものだと決まっているんだから。

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「40歳、50際、60歳の頃を『もう?』と考えるか、『まだ?』と考えるか」...中島常幸。

たまたま、実際にこういう事を言った人物として中島常幸プロの名前が出て来たけれど、何回もいろいろな人の言葉として聞いた事がある。
中島プロにとっては、シニアの年齢になる50歳の時の感想で「まだシニアでやれる」どころか「まだレギュラーでもやれる」とさえ思った事だろう...実際にその後両ツアーで実績を残しているし。

この「もう?」と「まだ?」、誰しもが感じる事だと思う。
その年齢の「大台に乗ってしまった」という感慨だ。
でも自分の経験から言うと、その時にはあれほど高く聳えるように見えた「年齢の壁」が、次の年齢の壁の時には本当に大した事のない低い小さな「柵』に過ぎなかった事に気がつくものだ。

40の壁の時には、「若者」の終わりを感じた...もう馬鹿な事は出来ない、「若気の至り」で許される時代は終わった。
昔の人は「不惑」とまで言って、もう迷いも無く「大人」としての無く風格まで持たなくてはいけない年齢になってしまった、と。
...とんでもない!
40過ぎたって、気持ちはガキのまんまで、道は迷いっぱなし、考えは浅はかで何処に大人の味なんかが出るものか....
今にして思えば「もう?」なんてとんでもない!
「まだ、まだ、まだ!」って事間違い無し(笑)。

50の壁...「青春」の終わりを感じた。
昔見たハリウッド映画で、「人魚」の幻を見る男の話が印象に強い。
その男にしか見えない人魚の存在は、「青春」の終わりを痛感する男の心が生み出したものだったと言う...もう50歳なのだから完全に自分の青春は終わるんだと言う「淋しさ」から。
だけど、後から思うと「50歳なんてまだ洟垂れの若造だ!」って事がしみじみ判る。
だって、悟りなんか全然無縁のもので、俗物煩悩何ら変わりはなかったし(笑)。
人生「まだ、まだ!」だって。

さて60の壁。
困ったものだ...だって、俗物のまんまだもの。
考えてみれば歴史上の人物なんて、ほとんどが60前に死んでいる...昔の時代なら普通は寿命がもう来ている訳だ...ああ、それなのにそれなのに。
客観的にもう「ジジイ」なのに、どうしよう。
「もう?」と思っているのに、「まだ」ってどこかから声がする。
あるコンペで八十過ぎの老ゴルファーに、「60歳なんて、俺から言わせたらまだまだ若造よ!」と鼻で笑われたのが記憶に残る。


いっそこのまま、死ぬまで「まだ?」と言うのもいいかもしれない。
だって、「もう?」と考えて、いい事一つも無いじゃない。
70歳でも80歳でも、いっそ90歳でも「まだ?」...てか(笑)。

「まだ、まだ」人生、なんにも判らん事ばかりだし。

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「怒りは、ゴルフの最大の敵である」...トミー・ボルト。

このトミー・ボルトというプロゴルファーは、別名「サンダーボルト」と言われたように短気で有名なプロゴルファーで、「怒り」にまつわる数々の伝説を残している。
クラブをへし折るのは当たり前で、特にパターを折ったことは数えきれないほどあったらしい。
その度に、ドライビングアイアンつまり1番アイアンでパットをしていたとか...

キャディーバッグを池に放り込んで帰ってしまった、という話もいくつか書かれて残っている。

あの全米オープンで、アプローチが何度も同じところに戻って来たのに頭に来て、動いたボールを打って棄権してしまったジョン・デイリーも真っ青なほどのショート・テンパーだったんだろう。

多分当時のプロゴルファー達も迷惑はしたんだろうが、なぜかトミー・ボルトに関して残されている記録には、彼が「愛すべきキャラクター」であるかのように書かれているのが不思議だ。
ジョン・デイリーなんかは、あの件だけで「天下の悪人」みたいな言われようだったんだから。

その理由の一つがこんな言葉を残すように、本人も「自分の怒りの感情が自分のゴルフの最大の敵である」と自覚していたからなんだろうな、と思える。
「怒っちゃいけねえ!」「怒ったら負けだ」「落ち着け!」とか思いながら...簡単に切れちゃう自分にどんな思いをしてたのやら...それがなんだか愛すべき人間に見えてくる理由かも。

我々ヘボゴルファーだって、「怒り」が敵なのは同じこと。
まあその怒りが「コース」やら「同伴競技者」やら「不運」やらに向かうのは、単なるバカヤローだから反省して我慢して押さえるのが当たり前なんだけど...
問題なのは自分に対する「怒り」の感情。
「情けねえ」「俺は馬鹿だ」「何やってるんだ俺は..」等々の「自虐の怒り」。
これは困る。
落ち込み、悲しみ、あげくの果てに絶望するまでの怒り。

これ、我々のゴルフの最大の敵...下手すればゴルフに絶望してやめてしまうことだってある。
どうすればいいのか。
...私は色々経験したあげく、我々に簡単で一番効果があり、それなりにゴルフを続けていける方法を見つけた。

それは「言い訳」をすること!
怒りの感情で、ゴルフが嫌になりプレーすることが苦痛になるような時には、思いっきり「言い訳をして自分を救え!」って。
ただし、その言い訳は同伴競技者やコースについては極力避ける。
なるべく(アマチュアなんだから)「自分の仕事」を優先した結果だと考える。
なるべく「安いもの(ボールとかティーとか)」の所為だと思い込む。

「だから俺は悪くない!」

どうだ?
少しは血圧下がるだろ?

...つまり、「ゴルフをやめたくなかったら、懸命に言い訳を考えろ!」(大叩き男)って訳だ。
あれ?
こっちの方が「名言」かな(笑)?

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「緊張してると感じたら、まずグリップの力を抜け」...ボビー・ロック。

「緊張してる」と感じること...言い換えれば「あがっている」「力が入っている」「足が震えている」なんて状態...つまり自分が「普通の状態」じゃないって感じる時全てだろう。
こんな時にゴルファーは知らず知らずのうちに、グリップに力が入ってしまう。
これはプロまで含めて、全てのゴルファーに当てはまる状態だと思う。

そうなるとどうなるか。

腕の前側の筋肉に力が入り、スムーズなバックスイングがし難くなり、肩の筋肉にも影響が出て十分な捻転も難しくなり、ぎこちないトップから肩と腕に力が入ったままのダウンスイングが始まり、ヘッドは走らず、外から入りやすくなり、ボールもろくに飛ばずに曲がりやすい球筋となる。
特に一昔前のグリップ...「右手の親指と人差し指を締めて、その作るVの字が右肩を指す」なんてやり方をしていると、ますます前腕の筋肉に力が入って動きがぎくしゃくしてくる。
(...以前はこの「親指と人差し指を締めろ」とうるさく言っていたプロも、今は「出来るだけ緩めた方がいい」と言うようになっている。)

ゴルフ場に住む魔女は、様々な機会を捉えては常にプレッシャーをかけて無駄な力を入れさせようとする。
景色であれ、スコアであれ、同伴競技者であれ、直前の大叩きであれ、やっと取ったバーディーでさえプレッシャーの元になる。

じゃあ、どうしたらいいか。
自分が「普通の状態じゃない」「ビビってる」「熱くなっている」なんて感じたら、意識してグリップの力を緩めればいい。
簡単に言えば、クラブを握っている手の力を抜く...かろうじて手から落ちないでいるくらいに極端に力を抜いてみる。

どうしてもうまく力が抜けないような時には、右手の親指と人差し指を伸ばしてグリップさせないで振ってみるといい。
ジョン・デイリーなんかは、右手と親指と人差し指を緩く伸ばしたままであの飛距離を出している。
つまり、この2本の指はスイングにも飛距離にもそんなに関係ないのだ。
人の一番力の入りやすいこの2本の指がグリップの力の入り過ぎ(力の入り過ぎたスイング)の元となっているんだから、意識してこの2本を使わないようにしたらグリップに力は入らない...って訳。

「ん? 俺はなんか普通じゃない?」と感じたら
まず意識してグリップの力(右手の親指と人差し指の力)を緩めてみる。
他の場所を緩めようとすると、あちこちが緩んでただのデレデレ脱力スイングになりやすく、ろくに当たりもしなくなるから気をつけて。

指先だけでいいんだからね(笑)。

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「だから18ホールあるのさ。」...ベン・ホーガン。

なにが、「だから」なんだろう。
勝手にイメージが思い浮かぶ。
18ホールある...つまり、9ホールや10ホールじゃあない。
18個もホールがあるんだ。

スタートホール、ついやってはいけないミスを連発しての大叩き。
「久しぶりのゴルフ」「楽しみしていたゴルフ」の緊張と興奮とで、アベレージゴルファーには本当に「よくある事」だ。
それで、「ああ、未だ1ホールなのに今日は終わった。」なんて思う奴がホントに多い。
ただそれだけで、残りのホールを愚痴と後悔とぼやきと投げやりなプレーで重ねていって、結局一日を無駄にする。

あるいはせっかく無難なスタートを切ったのに、思わぬアンラッキーの大叩きですっかりやる気を無くして、途中から集中力の切れたようなギャンブルプレーばかりをするようになってしまって、あとに苦い思いを残すだけの様なラウンドを消化する。

そうかと思えば、順調に来た9番ホールでスコアの計算をしたとたんに、イージーミスが重なってハーフのスコアをボロボロにしてしまい、午後のハーフはすっかりやる気が無くなって投げてしまう。

..ゴルフというものは、18ホールになったことに諸説あるけれど、やっぱり18ホールは絶妙のホール数と思う。
18個の違うシーンの物語は、波瀾万丈、起承転結、紆余曲折、喜怒哀楽...多くの人が「人生」に例えるくらいにそれぞれにドラマが起ち上がる。
18ホールの間には、幸運や不運が交互に、嫌らしいくらいに絶妙に訪れる。
...だから、18ホールある。

始まったばかりの大叩きや、順調にいっていた途中ホールでの大波乱なんて、ゴルフやっていれば普通にあること。
なんでそんなことでいい年をした大人が、いつまでもクサったり怒ったりを繰り返して、勿体ない時間を浪費する?
18ホールあるんだ、途中で投げ出すなんて人生を途中で投げ出すのと同じこと...どうせそんなに長い道のりじゃあないんだから、18番まで楽しまなくてはもったいない...どうしてそう考えない?

つらい人生だって、ほんの少しの事で笑える瞬間もある。
生きていりゃこそ感じる、素晴らしい瞬間がある。
投げて不貞腐れて、眼を瞑り、耳を塞いで、悪い考えばかりで満たされた頭でフェアウェイを歩くなんて、なんて傲慢でなんて勿体ない。

集中して18番が終わって、「ああ、もう終わりなのか」なんて思った時だって多いだろう。
スコアなんて、あとで数えりゃあいいことだ。

「だから、18ホールある。」
何回か失敗したって、ゴルフってのは18回も楽しむチャンスがある。
何回かのアンラッキーなんて、忘れてしまえ...些細な事だ。



...さて、大叩きばかりの俺の人生、あと何ホール残っていたんだっけ?


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「アベレージゴルファーの進歩は一打ずつではなく、一気にやってくる。」...ハーヴィー・ペニック。

ハーヴィー・ペニックは、世界的に名の知れたレッスンプロ中のレッスンプロ。
その言葉だもの、信じるよなあ...

それにこれこそ我らアベレージ凡ゴルファーの希望であり、夢であり、大叩きのどつぼにはまったゴルファー達の蜘蛛の糸...これを信じてるから、叩き潰されても跳ね返されても血と汗と涙の跡も乾かないうちに練習に行き、また夢を見てゴルフに行けるんだよなあ。
雨の日だって晴れの日だって、寒くたって暑くたって、風が吹こうと霧になろうと、練習場であんなに思い詰めた顔で打ち込んでいる人が沢山いる理由だって、この言葉を信じているからに違いない。

今までは100を切れなくても、90を切れなくても、きっと奇跡の大ジャンプをしていきなりワンステージ上のゴルファーに変身出来る。
90を切れないから80台じゃあないよ...きっと75くらいのスコアでいきなり回れる日が来るのさ...なんて夢を見て。
叩けばきっと扉は開かれる。
今はまだ女神も魔女も俺のことに気がついていなくても、俺の大ジャンプする順番はすぐそこまで来ているに決まってる。
いつまでたっても90切れないからって笑って見ているのも今のうち、1打や2打少なくなるんじゃなくていきなり10ストロークは少なくなるさ...それがペニック先生の言っている「一気の進歩」ってやつだろう。
今はきっとその力を溜めている時間なのさ。
次のラウンド、いやその次のラウンドか...遅くても今度の夏頃か...一気の進歩って奴が俺にたどり着くのは。
楽しみだなあ。
最近もスコアはちっとも良くならないし、コンペでも上位には入らないし、握りはずっと負けてるし、みんな俺をカモだと思っているんだろうけど、それは変身前に餌を撒いているだけの話。

なんつったって、ペニック先生が言ってることだもの間違いはない「一気の進歩」。
楽しみだなあ...いきなり上手くなる日が来るなんて。
そろそろだよね、俺の番。

...あのさあ、先生はレッスンするのが商売だからって、この言葉「営業トーク」じゃないよねえ。
絶対に、一気に上手くなる日が来るんだよね?

信じていいんだよね? 

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「トラブルショットこそ ゴルフの醍醐味」...ボビー・ジョーンズ。

そうだ!
ゴルフってのはトラブルショットこそ面白い!

真っ平らで絶好のライからグリーンに乗っけたって、ちっとも面白くないじゃない。
なんたってゴルフってのは自然の中で遊ぶゲームだからね。
せっかくの自然が周りにあるんだから、その中で遊ばない手はないよ。
右の崖の下からだって、左の池の中からだって、打てりゃあどこから打ったっていいんだし。

「打てる」と思うかが問題さ。
「打とう」と決めたら、あとはアイデアと発想の勝負。
レッスンプロなんかが教えるスイングフォームなんてあてにならないよ...どう振ったらボールにちゃんと当たるかなんて、全部自分のアイデアとセンスの問題さ。
上げる、転がす、曲げる、トップさせる、ダフらせる、トウで打つ、ヒールで打つ、左で打つ、後ろに打つ...ルールん中ならなんでもありだ。
クラブだって、距離なんか関係なくドラバーからパターまで14本の中から、使い放題の考え放題アイデア次第。
一番面白いのは、最悪と言われるトラブルからのグリーン狙い...これが決まった日にゃあ、他の奴らのバーディーもイーグルもかすんでしまうさ!
例え上がって8だった、でもね。

...例えばさ、150ヤードも林の奥から転がしてグリーンオンとか、90度以上ひん曲げてフックやスライスで乗せちまうとか、ドライバーで薮の中ぶち抜いて100ヤードを乗せちまう、とか漫画じゃないけど反対側の木にぶち当てて後ろ100ヤードのグリーンに...とか。
上手く行ったら、末代までの語り草...まあ、殆どは失敗しての笑い者になるけどね。
単なる脱出だって、そうさ。
アンプレヤブルにするかトラブルショットに挑戦するかは、みんな自分が決めること。
怪我したり、自然を傷つけるなんて心配がないなら、あとはスコアとボール代の問題だ。
「醍醐味」を楽しむもよし、安全に行くのもまたゴルフ。

でも、「トラブルだあ..最低..」なんて落ち込んでいるより、「すげえトラブル! こりゃあ面白い」ってトラブルショットになる度に頭使って挑戦する方がずうっとゴルフを楽しめる。
ボビー・ジョーンズだって言っているんだぜ...トラブルショットこそ!..って。
上手く行ったら、最高に気持ちいいぞ...失敗したって、命までとられる訳じゃなし。

(ただね、スコアには結びつかない可能性が大きいし、お馬鹿と言われるかもしれないし(笑)。
相手に寄っちゃあ軽蔑されたり、お説教されたりするかもしれないのは覚悟した方が良いかもね。)


さて、ボールを沢山持ってるんなら、今のうちによく考えて心を決めておくことだ。
どうせ次のホールだって、2打目からはトラブルショットになるんだからね。

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