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「結局、最後は神頼み」...ヘンリーコットン。

どんなに練習し、上達し、熟練の技と経験を持っていようとも、カップインするまでの一ホールのドラマの中で、ゴルファーは結局神に祈ることになるのだ...とゴルフを極めたような識者が言う。

...ゴルフの面白さ、深さの最重要な部分に「人の力ではどうにも出来ないラッキーやアンラッキーとの遭遇」がある。
もしゴルフというものが、ゴルファーがその努力と練習と経験で得ることが出来た力をいつも同じように発揮出来て、例えば何時もハンデキャップ8とハンデキャップ12のものが4打差で終わるようなゲームなら、人はこの遊びにこんなに熱中することはなかったろう。
ハンデ8のゴルファーがアンラッキーの連続で100を叩くことがあれば、ハンデ12のゴルファーがツキにツイてパープレーで回ったりするのがゴルフなのだ。

努力は報われることもあれば、報われないことも多々ある。
不思議なことに、全く努力が報われないゴルファーが「もう、ゴルフなんかやめた」なんて心の底から思った時に、信じられないラッキーがやって来て「ああ、ゴルフを続けて来て良かった」「もう少し続けてみるか」なんて思いをさせることは本当に多い。
そんなことをする「なにか」がいるのだ。
その他にも、思い当たることが多いだろうけれど、信じられないショットが出たとき、考えられないような難しいパットが入ったとき、奇跡のようなラッキーな状況に出会ったとき...殆どのゴルファーは「なにか」、つまり「神」の存在を感じるらしい。

勿論、ヘンリー・コットンにとっては、「神」は「キリスト」なり「天の父」なりの一神教の神だろう。
ある人にとっては、仏教の仏、ある人にとっては自分の先祖...
それぞれ譲れない自分の「神」を持つ人々は、ラウンド中それぞれの神様に「神頼み」をするんだろう。

自分は特定の宗教はない...かといって無神論者でもない。
よく考えてみれば、アニミズム...精霊信仰なんかが自分の感性に近いかもしれない。
樹齢千年も経つという大木や、厳かな山、海、空気、水の流れ、太陽、月、星星、花や植物等々...
生物、無機物に限らず、自分がある種の「畏れ」や「畏敬の念」を感じるものに「精霊」もしくは「神」のようなものが存在すると思っている。
そして、ゴルフ場には「ゴルフの神様」が住んでいると思っている。

だから、俺の神頼みするのは「ゴルフの神様」...
...無宗教の人が大部分の日本でも、ゴルフをやる人の中には「ゴルフの神様」を信じている人は多いんじゃないか。

ただ、この「ゴルフの神様」というのが、一筋縄ではいかない厄介な存在だ。
色気たっぷりで、触れなば落ちん風情でありながら、傲慢で意地悪で浮気者の「女神」と、ともかく一度惚れられたら逃げても逃げてもついてくる深情けの貧乏神の「魔女」と二人がいるらしい...
この二人が何とも絶妙な「間」で、ゴルファーを翻弄してくれる。
腹が立つのは、「さすがに女神さん、俺のためにこんなことを..」なんて思っていたら、いつのまにかニヤニヤ笑う魔女にすり替わっていたり、「お前なんか大っ嫌いだ!」なんて魔女のついたゴルフバッグを蹴飛ばすと、いつの間にか背中にぴったりと色っぽい姿でくっついて来たり...

そうして、俺が思うにどこの神々より「ゴルフの女神」は、一番タチが悪い。
だって、それが判っていながら、繰り返し「ああ、女神様! 頼む!」なんて呟かされてしまうんだから...一日に18回も!