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「しかめっ面していたら、ボールもしかめっ面で飛んで行くもんだ」...中村寅吉。

うん。
深いぞ、これ。

字面の通りの意味ももちろんあるんだろうけれど、なんだか「ゴルフの心構え」みたいな、気持ちの上での「奥義」みたいな感さえある。
自分に「我慢」が足りないからと、車で東京から大阪まで一台も「抜かないで」行く、なんてことを自分に課したエピソードが残る寅さんだからこその言葉。

例えば、今をときめく若手のプロの姿でも思い浮かぶてみよう。
もちろん俺の勝手な感想なので、正しいのかどうかは判らないが。

あるプロは、ショットをミスするたびに「ああ、ダメだ」という顔をして下を向いて力なくうなだれている姿を見せる。
...するとボールは、「ああ、ダメだ」の通り、1打の罰となるようなところばかりに行く。
それが調子が上がって来ると、「あ、まずい」っていう顔をしても、「大丈夫、なんとかしよう」って顔にすぐに変わる...そしてボールも、トラブルだけども何とかなる、なんて所にあることが多いように感じる。

あるプロは、多分性格も淡白なんだろう...一瞬「あ、まずい」なんて顔をしても、すぐに「何とかなるさ」「ダメならしょうがない」なんて顔になる。
で、ボールも、助かったり助からなかったり...本当に「しょうがない」感じ。

そしてあるプロは...ミスした時に「不愉快きわまりない」という顔になる。
気が強く、自分にもいつも最高のものを要求するタイプなんだろう...アスリートとしては良い資質だと思うんだけど、顔に不愉快さが出てそれが周りに判るのがいけない。
寅さんの言う通り、その結果ボールも表情と同じ「不愉快きわまりない」所に行ってしまう事が多い。

ゴルフのショットの結果というものが、科学万能の世の中の「合理性」や「科学性」の答えを越えたところに影響されてしまうのを感じるのは俺だけだろうか?
それは、宗教性とは違うのだけれど「因果応報」とか「運の不平等性」だとか、まるで「不思議」が普通にまかり通る世界...そんな気がする。
(そんな所がゴルフを「人生に似ている」とか、「ゴルフは人生だ!」なんて言わせる魅力になっていると俺は思う)

そんな風にゴルフに純粋な「技術」以外の、不思議な「運」や「心の有り様」が結果を左右すると感じるのなら、しかめっ面でプレーしてボールにまでしかめっ面にさせるより、楽しみ喜ぶ「いい気分」でプレーしてボールにもいい気分で飛んでもらった方がいいに決まっているだろう。

不愉快そうな顔をしてしかめっ面でプレーするんじゃ、ボールにもゴルフの神様にも失礼だ。

寅さんは、「そんな酷い顔してプレーしないで、ゴルフをもっと楽しめ」って言っているんだろう。