ゴルフの名言勝手に解釈  (渡辺隆司のゴルフブログ)

過去から今に伝わるゴルフの「名言・格言」を、勝手な解釈で描いて行きます。 読んだ結果、多分、ゴルフが上手くはなりません。 でも、ちょっと良いゴルファーにはなれるか、と。 もちろん責任持ちませんが。 (イラストの無断使用はしないで下さい)

2017年06月

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「怒りは、ゴルフの最大の敵である」...トミー・ボルト。

このトミー・ボルトというプロゴルファーは、別名「サンダーボルト」と言われたように短気で有名なプロゴルファーで、「怒り」にまつわる数々の伝説を残している。
クラブをへし折るのは当たり前で、特にパターを折ったことは数えきれないほどあったらしい。
その度に、ドライビングアイアンつまり1番アイアンでパットをしていたとか...

キャディーバッグを池に放り込んで帰ってしまった、という話もいくつか書かれて残っている。

あの全米オープンで、アプローチが何度も同じところに戻って来たのに頭に来て、動いたボールを打って棄権してしまったジョン・デイリーも真っ青なほどのショート・テンパーだったんだろう。

多分当時のプロゴルファー達も迷惑はしたんだろうが、なぜかトミー・ボルトに関して残されている記録には、彼が「愛すべきキャラクター」であるかのように書かれているのが不思議だ。
ジョン・デイリーなんかは、あの件だけで「天下の悪人」みたいな言われようだったんだから。

その理由の一つがこんな言葉を残すように、本人も「自分の怒りの感情が自分のゴルフの最大の敵である」と自覚していたからなんだろうな、と思える。
「怒っちゃいけねえ!」「怒ったら負けだ」「落ち着け!」とか思いながら...簡単に切れちゃう自分にどんな思いをしてたのやら...それがなんだか愛すべき人間に見えてくる理由かも。

我々ヘボゴルファーだって、「怒り」が敵なのは同じこと。
まあその怒りが「コース」やら「同伴競技者」やら「不運」やらに向かうのは、単なるバカヤローだから反省して我慢して押さえるのが当たり前なんだけど...
問題なのは自分に対する「怒り」の感情。
「情けねえ」「俺は馬鹿だ」「何やってるんだ俺は..」等々の「自虐の怒り」。
これは困る。
落ち込み、悲しみ、あげくの果てに絶望するまでの怒り。

これ、我々のゴルフの最大の敵...下手すればゴルフに絶望してやめてしまうことだってある。
どうすればいいのか。
...私は色々経験したあげく、我々に簡単で一番効果があり、それなりにゴルフを続けていける方法を見つけた。

それは「言い訳」をすること!
怒りの感情で、ゴルフが嫌になりプレーすることが苦痛になるような時には、思いっきり「言い訳をして自分を救え!」って。
ただし、その言い訳は同伴競技者やコースについては極力避ける。
なるべく(アマチュアなんだから)「自分の仕事」を優先した結果だと考える。
なるべく「安いもの(ボールとかティーとか)」の所為だと思い込む。

「だから俺は悪くない!」

どうだ?
少しは血圧下がるだろ?

...つまり、「ゴルフをやめたくなかったら、懸命に言い訳を考えろ!」(大叩き男)って訳だ。
あれ?
こっちの方が「名言」かな(笑)?

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「緊張してると感じたら、まずグリップの力を抜け」...ボビー・ロック。

「緊張してる」と感じること...言い換えれば「あがっている」「力が入っている」「足が震えている」なんて状態...つまり自分が「普通の状態」じゃないって感じる時全てだろう。
こんな時にゴルファーは知らず知らずのうちに、グリップに力が入ってしまう。
これはプロまで含めて、全てのゴルファーに当てはまる状態だと思う。

そうなるとどうなるか。

腕の前側の筋肉に力が入り、スムーズなバックスイングがし難くなり、肩の筋肉にも影響が出て十分な捻転も難しくなり、ぎこちないトップから肩と腕に力が入ったままのダウンスイングが始まり、ヘッドは走らず、外から入りやすくなり、ボールもろくに飛ばずに曲がりやすい球筋となる。
特に一昔前のグリップ...「右手の親指と人差し指を締めて、その作るVの字が右肩を指す」なんてやり方をしていると、ますます前腕の筋肉に力が入って動きがぎくしゃくしてくる。
(...以前はこの「親指と人差し指を締めろ」とうるさく言っていたプロも、今は「出来るだけ緩めた方がいい」と言うようになっている。)

ゴルフ場に住む魔女は、様々な機会を捉えては常にプレッシャーをかけて無駄な力を入れさせようとする。
景色であれ、スコアであれ、同伴競技者であれ、直前の大叩きであれ、やっと取ったバーディーでさえプレッシャーの元になる。

じゃあ、どうしたらいいか。
自分が「普通の状態じゃない」「ビビってる」「熱くなっている」なんて感じたら、意識してグリップの力を緩めればいい。
簡単に言えば、クラブを握っている手の力を抜く...かろうじて手から落ちないでいるくらいに極端に力を抜いてみる。

どうしてもうまく力が抜けないような時には、右手の親指と人差し指を伸ばしてグリップさせないで振ってみるといい。
ジョン・デイリーなんかは、右手と親指と人差し指を緩く伸ばしたままであの飛距離を出している。
つまり、この2本の指はスイングにも飛距離にもそんなに関係ないのだ。
人の一番力の入りやすいこの2本の指がグリップの力の入り過ぎ(力の入り過ぎたスイング)の元となっているんだから、意識してこの2本を使わないようにしたらグリップに力は入らない...って訳。

「ん? 俺はなんか普通じゃない?」と感じたら
まず意識してグリップの力(右手の親指と人差し指の力)を緩めてみる。
他の場所を緩めようとすると、あちこちが緩んでただのデレデレ脱力スイングになりやすく、ろくに当たりもしなくなるから気をつけて。

指先だけでいいんだからね(笑)。

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「だから18ホールあるのさ。」...ベン・ホーガン。

なにが、「だから」なんだろう。
勝手にイメージが思い浮かぶ。
18ホールある...つまり、9ホールや10ホールじゃあない。
18個もホールがあるんだ。

スタートホール、ついやってはいけないミスを連発しての大叩き。
「久しぶりのゴルフ」「楽しみしていたゴルフ」の緊張と興奮とで、アベレージゴルファーには本当に「よくある事」だ。
それで、「ああ、未だ1ホールなのに今日は終わった。」なんて思う奴がホントに多い。
ただそれだけで、残りのホールを愚痴と後悔とぼやきと投げやりなプレーで重ねていって、結局一日を無駄にする。

あるいはせっかく無難なスタートを切ったのに、思わぬアンラッキーの大叩きですっかりやる気を無くして、途中から集中力の切れたようなギャンブルプレーばかりをするようになってしまって、あとに苦い思いを残すだけの様なラウンドを消化する。

そうかと思えば、順調に来た9番ホールでスコアの計算をしたとたんに、イージーミスが重なってハーフのスコアをボロボロにしてしまい、午後のハーフはすっかりやる気が無くなって投げてしまう。

..ゴルフというものは、18ホールになったことに諸説あるけれど、やっぱり18ホールは絶妙のホール数と思う。
18個の違うシーンの物語は、波瀾万丈、起承転結、紆余曲折、喜怒哀楽...多くの人が「人生」に例えるくらいにそれぞれにドラマが起ち上がる。
18ホールの間には、幸運や不運が交互に、嫌らしいくらいに絶妙に訪れる。
...だから、18ホールある。

始まったばかりの大叩きや、順調にいっていた途中ホールでの大波乱なんて、ゴルフやっていれば普通にあること。
なんでそんなことでいい年をした大人が、いつまでもクサったり怒ったりを繰り返して、勿体ない時間を浪費する?
18ホールあるんだ、途中で投げ出すなんて人生を途中で投げ出すのと同じこと...どうせそんなに長い道のりじゃあないんだから、18番まで楽しまなくてはもったいない...どうしてそう考えない?

つらい人生だって、ほんの少しの事で笑える瞬間もある。
生きていりゃこそ感じる、素晴らしい瞬間がある。
投げて不貞腐れて、眼を瞑り、耳を塞いで、悪い考えばかりで満たされた頭でフェアウェイを歩くなんて、なんて傲慢でなんて勿体ない。

集中して18番が終わって、「ああ、もう終わりなのか」なんて思った時だって多いだろう。
スコアなんて、あとで数えりゃあいいことだ。

「だから、18ホールある。」
何回か失敗したって、ゴルフってのは18回も楽しむチャンスがある。
何回かのアンラッキーなんて、忘れてしまえ...些細な事だ。



...さて、大叩きばかりの俺の人生、あと何ホール残っていたんだっけ?


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「ゴルフは下手ほど見栄っぱり 短い番手で打ちたがる」...ウォルター・ヘーゲン。

確かに。
特にパー3のホールなんかじゃあ、相手が何番で打ったかが気になる。
そして、相手が使った番手より長いアイアンで乗せるってことが、「恥ずかしい」なんて気になってしまう。
相手の方がピンに近くても、一番手短いアイアンで打ってグリーンに乗っていれば、勝った気分になってグリーンに向かえる。
酷い時には、手前にグリーンオンした相手より、同じ番手でグリーンオーバーした人の方が胸を張って態度が大きくなることだってある。
時には2番手も短いアイアンで乗せられたりすると、ちゃんとピン近くに乗せていても肩身が狭い思いでボールをマークする時だってある。
...本当は、今の時代のアイアンの番手なんて全く参考にならないのに。
同じメーカーの同じ種類のアイアンでもない限り、ソールに着いている番号の比較は全く無意味。
メーカーが違えば、同じ番号でも1番手から2番手以上ロフトが違うなんてことは普通にあるんだから。

それよりも、このウォルター・ヘーゲンの時代は、どのメーカーも基本的なアイアンのロフトは同じだったはず。
その時代には、この言葉は今より「プライド」がかかったもっと強い意味があったんだろう。
ただしこの言葉、ヘーゲンは「アンダークラビングしたがる」と言っている。
アンダークラビングというのは、フルスイングでギリギリ届くようなクラブを選ぶこと。
その反対がオーバークラビング...その通りの少し大きいクラブを使うこと。

つまり、「見栄なんか捨てて、アンダークラビングよりオーバークラビングする方がいい」...同じことを、ボビー・ジョーンズは「アイアンを力一杯打たないようにしてから、強くなれた」と言い、ヘイル・アーウィンは「アイアンは8分ショットで打つようにしてから、もっと強くなった」と言っている。

短い番手で乗せることを自慢するより、見栄を捨てて大きめの番手で楽に乗せることが大事だ...そういう意味でもある。


...ただね、「下手」にとってはオーバークラビングをして「8分ショット」を打つ...これが結構難しい。
 自分の力(飛距離)を過信しているものだから、大きな番手のクラブを持つと「八分ショット」のつもりがただの力の抜けた「緩んだ」スイングになっちまって、大体ミスになる。
そうすると、「やっぱり短いクラブでしっかりフルショットした方がミスにならない」なんて考えて、また短い番手のクラブをブンブンフルスイングする見栄っ張りのヘタクソに戻ってしまう。 

「力一杯打たない」・「8分ショットを打つ」って事をきちんと出来るようになるには、やっぱりそう言う練習をしなければいけないって事。
練習場でもしっかりそう言うショットの練習をしなければ、コースでいきなり上手くは行かないって事をキモに命じておく事だ。

 

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「しかめっ面していたら、ボールもしかめっ面で飛んで行くもんだ」...中村寅吉。

うん。
深いぞ、これ。

字面の通りの意味ももちろんあるんだろうけれど、なんだか「ゴルフの心構え」みたいな、気持ちの上での「奥義」みたいな感さえある。
自分に「我慢」が足りないからと、車で東京から大阪まで一台も「抜かないで」行く、なんてことを自分に課したエピソードが残る寅さんだからこその言葉。

例えば、今をときめく若手のプロの姿でも思い浮かぶてみよう。
もちろん俺の勝手な感想なので、正しいのかどうかは判らないが。

あるプロは、ショットをミスするたびに「ああ、ダメだ」という顔をして下を向いて力なくうなだれている姿を見せる。
...するとボールは、「ああ、ダメだ」の通り、1打の罰となるようなところばかりに行く。
それが調子が上がって来ると、「あ、まずい」っていう顔をしても、「大丈夫、なんとかしよう」って顔にすぐに変わる...そしてボールも、トラブルだけども何とかなる、なんて所にあることが多いように感じる。

あるプロは、多分性格も淡白なんだろう...一瞬「あ、まずい」なんて顔をしても、すぐに「何とかなるさ」「ダメならしょうがない」なんて顔になる。
で、ボールも、助かったり助からなかったり...本当に「しょうがない」感じ。

そしてあるプロは...ミスした時に「不愉快きわまりない」という顔になる。
気が強く、自分にもいつも最高のものを要求するタイプなんだろう...アスリートとしては良い資質だと思うんだけど、顔に不愉快さが出てそれが周りに判るのがいけない。
寅さんの言う通り、その結果ボールも表情と同じ「不愉快きわまりない」所に行ってしまう事が多い。

ゴルフのショットの結果というものが、科学万能の世の中の「合理性」や「科学性」の答えを越えたところに影響されてしまうのを感じるのは俺だけだろうか?
それは、宗教性とは違うのだけれど「因果応報」とか「運の不平等性」だとか、まるで「不思議」が普通にまかり通る世界...そんな気がする。
(そんな所がゴルフを「人生に似ている」とか、「ゴルフは人生だ!」なんて言わせる魅力になっていると俺は思う)

そんな風にゴルフに純粋な「技術」以外の、不思議な「運」や「心の有り様」が結果を左右すると感じるのなら、しかめっ面でプレーしてボールにまでしかめっ面にさせるより、楽しみ喜ぶ「いい気分」でプレーしてボールにもいい気分で飛んでもらった方がいいに決まっているだろう。

不愉快そうな顔をしてしかめっ面でプレーするんじゃ、ボールにもゴルフの神様にも失礼だ。

寅さんは、「そんな酷い顔してプレーしないで、ゴルフをもっと楽しめ」って言っているんだろう。

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「アベレージゴルファーの進歩は一打ずつではなく、一気にやってくる。」...ハーヴィー・ペニック。

ハーヴィー・ペニックは、世界的に名の知れたレッスンプロ中のレッスンプロ。
その言葉だもの、信じるよなあ...

それにこれこそ我らアベレージ凡ゴルファーの希望であり、夢であり、大叩きのどつぼにはまったゴルファー達の蜘蛛の糸...これを信じてるから、叩き潰されても跳ね返されても血と汗と涙の跡も乾かないうちに練習に行き、また夢を見てゴルフに行けるんだよなあ。
雨の日だって晴れの日だって、寒くたって暑くたって、風が吹こうと霧になろうと、練習場であんなに思い詰めた顔で打ち込んでいる人が沢山いる理由だって、この言葉を信じているからに違いない。

今までは100を切れなくても、90を切れなくても、きっと奇跡の大ジャンプをしていきなりワンステージ上のゴルファーに変身出来る。
90を切れないから80台じゃあないよ...きっと75くらいのスコアでいきなり回れる日が来るのさ...なんて夢を見て。
叩けばきっと扉は開かれる。
今はまだ女神も魔女も俺のことに気がついていなくても、俺の大ジャンプする順番はすぐそこまで来ているに決まってる。
いつまでたっても90切れないからって笑って見ているのも今のうち、1打や2打少なくなるんじゃなくていきなり10ストロークは少なくなるさ...それがペニック先生の言っている「一気の進歩」ってやつだろう。
今はきっとその力を溜めている時間なのさ。
次のラウンド、いやその次のラウンドか...遅くても今度の夏頃か...一気の進歩って奴が俺にたどり着くのは。
楽しみだなあ。
最近もスコアはちっとも良くならないし、コンペでも上位には入らないし、握りはずっと負けてるし、みんな俺をカモだと思っているんだろうけど、それは変身前に餌を撒いているだけの話。

なんつったって、ペニック先生が言ってることだもの間違いはない「一気の進歩」。
楽しみだなあ...いきなり上手くなる日が来るなんて。
そろそろだよね、俺の番。

...あのさあ、先生はレッスンするのが商売だからって、この言葉「営業トーク」じゃないよねえ。
絶対に、一気に上手くなる日が来るんだよね?

信じていいんだよね? 

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