ゴルフの名言勝手に解釈  (渡辺隆司のゴルフブログ)

過去から今に伝わるゴルフの「名言・格言」を、勝手な解釈で描いて行きます。 読んだ結果、多分、ゴルフが上手くはなりません。 でも、ちょっと良いゴルファーにはなれるか、と。 もちろん責任持ちませんが。 (イラストの無断使用はしないで下さい)

2017年04月

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「ゴルフに年齢はない。 強い意志さえあれば、何歳になっても上達する。」...ベン・ホーガン。
この言葉は、自分の仕事をきちんとやりながらゴルフを楽しんでいる、全てのアマチュアゴルファーに送りたい。

私の10代20代の頃は、周りにゴルフをやっている人は全くいなかった。
ゴルフというのは、「金持ち」が「高い金をかけて」「みっともない格好で」「荷物はみんな女に持たせて」「棒切れで小さなタマを引っ叩きながら」「お互いにお世辞を言い合い」「自分たちが上流社会の一員だということを見せびらかす」、絶対にやりたくない遊びのイメージしかなかった。

それが偶然、半ば強制的にゴルフダイジェストの仕事をすることになり、30代半ばで嫌々始めることになった。
やらざるを得ない、ということで、ロジャースで5万円で何から何まで買いそろえて、だ。

しかし...やってみたら、こんなに面白く深いゲームはなかった。
すぐに熱中して、その「熱」は形を変えながらも、今も途絶えることはない。
そしていつも思ったのは「もっと早く始めていたら、俺はもっと高みまで行けたかもしれない」ということ。

でも、ベン・ホーガンの言うように、「ゴルフに年齢はない」のだ。
いつまでも新しい発見があり、新しい技術や、方法の発見の喜びがある。
純粋な飛距離は年齢とともに落ちてくるのはしょうがないが、いろいろな「技」の面白さはそれを補って余りある。
ゴルフって言うのは、身体が動く限り新しい技術論、方法論の発見があり、我々ヘボゴルファーはマンネリに陥ることなく「開眼」し続ける。
昨日の「開眼」が一夜寝るとともに霞の彼方に消えようとも、それは新しい「開眼」の喜びを味わえるためと喜んだ方がいい。

そうして、40代でゴルフを始めた人も、50代60代でゴルフを始めた人も、あるいは70代で始めた人も...これだけは断言できる...ゴルフはいつ始めても、上達できる!
そりゃあ、数字だけを追いかけてのエージシュートまでは無理かもしれない。
でも、誰でも「ゴルフの面白さ、深さが十分わかるまで」は上達できる。
つまり、ゴルフに行く日の前の日は少年時代の遠足の前の日のように興奮して眠れない、とか、自分の打ったボールが狙った方向に夢のように遠くに飛んで行く、とか、緑の中を白球が白い線を描いてピンに絡んで行く、とか、長いパットのラインが幻のようにイメージされてその通り転がったボールがカップに吸い込まれるとか、他では経験の出来ないような緊張と興奮と達成感が味わえるのだ。
(もちろん「挫折感」も味わえる...世界の終わりのような後悔とか、少年の頃の様な自己嫌悪の嵐とか、真っ赤っかに赤面する様な屈辱感とか...でも、大人になって感受性の鈍くなった身には、それも貴重な素晴らしい経験じゃない?(笑))。
ゴルフの魔法の世界で遊べるようになるのに年齢は関係なく、その世界をより深く味わうようになることはいつまでも出来るのだ。

さあ、スコアカードの数字だけの世界から離れて、野に遊ぶ自分の会心のショットをイメージしてみよう。

感じるだろう?
明日は今日より、少しだけ上手くなりそうだ、って。
今度のゴルフは、きっと今までより面白くなりそうだ、って。

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「あと10センチ、俺の足が長かったら...」...佐藤精一。

佐藤精一プロは我孫子出身の77歳、1966年に日本オープンで初優勝し、67年に関東プロ、82年に日本プロシニアを勝つなど一時代を作ったプロである。

その佐藤プロがテレビや雑誌などで、良くこの言葉を言うのを聞いたことがある。
その対象は、彼のあとの時代に派手に登場して来た、青木、尾崎、中島達...身長180センチ前後の若いプロ達に向かって、身長160センチ(公称)の自分を比較しての言葉だった。
実際、彼ら3人とプレーすると、佐藤プロはセカンドで6−8番手大きなクラブで打たなくてはいけない...例えば、彼らが9番とかピッチングでも、自分はバフィーやクリークで、なんて。

それで「自分があと10センチ足が長かったら、飛距離だって彼らと対抗できるのに」ということなんだろう。
でも、これは佐藤プロの否定的な本音の言葉だとは思わない。
「でも10センチ足が短いんだから、飛距離で無理して対抗しようなんてしても無駄なこと」
「その代わりに、彼らよりずっと小技が上手くなって、勝負してやる」
って意味なんだと思う。
実際、佐藤プロの小技はほとんど曲打ちに近い程、多彩でキレがあるのは有名で...いわば「職人芸」の世界。
...あの言葉は、小兵でありながら日本オープンをはじめとするビッグタイトルを取った男の、プライドが言わせる「皮肉」の言葉でもあったろう。

同じようなことを宮本留吉が言っている。
「飛距離は持って生まれたもの、無駄な抵抗はやめろ」と。
...それより自分の得意技を磨き上げろ...だろう。

ただし、こんな言葉もパーシモンの時代のもの。
今の時代はこの頃よりもずっと道具が進化して、その飛距離の差はずっと小さくなっている。
(タイガー全盛期以降のクラブの進歩は、かってタイガーに50y以上置いて行かれたプロ達が揃って300y近くを打てるようになり、その飛距離の伸びはタイガーの飛距離の伸びの数倍ともなり、その差はずっと少なくなった。)
今では我々のレベルでも、飛ぶ人と飛ばない人で50ヤードも違わないだろう。
なら、アイアンの練習や、アプローチの練習、パットの練習で十分対抗できる。

足の短さを嘆いても、足は長くはならない。
無理に飛ばそうと力んで打てば、飛ぶより曲がるしミスも出る...結局ゴルフそのものが崩れてしまう。
飛距離の差なんて、足の長さで認めておこう。

「飛ばしは足の長い奴に任せておいて、グリーン周りでは絶対に負けない」...なんて考えた方がゴルフがずっと楽しくなる。
そしてスコアで勝っておいて、「俺の足があと10センチ長かったら...」なんて言うのは、なんだかお茶目でカッコいい。

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「早く振る人間に未来はない」...ゲーリー・プレーヤー。

深いぞこの言葉...多分深い。
同じようなことを、あのボビー・ジョーンズも言っている。
「ミスショットの99.9パーセントは、早振りに原因がある」

ポイントは「早く振る」ことで、「速く振る」ではないところ。
ボビー・ジョーンズが、別に「クラブを遅く振りすぎる者はいなかった」と述べているところから、これはスイングのリズム、あるいはタイミングのことだとわかる。

ゴルファーは誰でも、普通にショットを打つ時は「速く」振ろうとするもの。
ティーショットを飛ばしたいとき、アイアンで切れの良いショットを打ちたいとき、「速く」振ってヘッドスピードを上げたいと思う。
例えば距離のあるパ−5。
誰だってティーショットをより飛ばしたいと思う...当然自分なりに「フルショット」、つまり自分の最大ヘッドスピード出してボールを打ちたいと思う。
そして、渾身のショット。
まあ、普通のゴルファーの9割はミスショットになる。
曲がる、ちゃんとフェースに当たらない天ぷら、ダフり...極まれに「芯を食った」なんて当たりが出ても、思ったより飛んでない。
古の名手達の答え...その原因は、「早く振った」から。
飛ばそうと思うあまりに、自分のタイミングより早いタイミングで打とうとしたから、フェースに当たらなかった。
「芯を食った」なんて思ったショットも、実は「フルショット」を意識するあまりアドレスから力が入りまくり、むしろバックスイングのヘッドスピードが上がりすぎて、ダウンからのヘッドスピードは普段よりずっと遅かった、なんてことが多いのだ。

オープンコンペなんかでの、「ドラコン」ホールでのティーショットを見ていると、冗談ではなく「後ろに飛ばした方が飛んだんじゃないの?」なんて言いたいくらい「バックスイングのスピードが上がっている人が多い...むしろ、ダウンからはブレーキがかかってしまっているように見える。

ただ、名人達は「遅い方がいい」なんて言っているけど、これは難しい。
実際に「遅い」タイミングでなんてちゃんと振れやしないもんだ。
多いのは「ゆっくり」とか「遅く」なんて意識すると、ただ「脱力」してしまって「デレッと」振ってしまう人。
...ただぐにゃぐにゃしたような蛸踊りスイングになてしまう人は多い。

だから自分なりに考えてみると、飛ばしたい時や力が入るような場面では「普通に」打ちたいと思ったって「早い」タイミングになるに決まっているんだから、早く振りたくないと思ったら敢えて「バックスイングだけでもゆっくりしよう」と思うしかないんじゃないか...
そうしたって切り返しで力が入れば、ミスショットになるんだけれどね。

短いけど、深いよ...この言葉。
上手く行けばスイングのレベルが何段階も上がるから。
ちょっと自分のゴルフスイング意識に引っかかったら、覚えておくといいかもしれない。
きっと今までよりは、ミスが減る。

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「ダウンヒルでも、アップヒルでも ボールは常に高い方の足の近く」...ジャック・バーク。

たまには、名人達の技術的なアドバイスも。
ゴルフ理論てのは、ちゃんと打てる名人が後から理屈を付けたものが多くて、読んで理解するには非常に判りにくいものが多い。
そして、我々大人になって(年をとって)ゴルフを始めたアマチュアは、そんな小難しい理論を懸命に覚えても頭の理解通りに体が動くはずもなく、いざボールを打つ瞬間にはそんなことはなんの役にも立ちやしない。
なにせ、殆どのゴルファーはインパクトの瞬間には記憶喪失になっているらしいから。
「ああ、そう言えば...」なんて勉強した結果を思い出すのは、失敗したショットを反省と後悔とともに見送った後ばっかりだ。

だけど技術的な事でも、こんなシンプルな一言なら結構忘れないで覚えているかもしれない。
曰く「斜面では、左足上がりでも下がりでも、ボールは高い足の方」ってね。
面白いことに、こうしてボールの位置を変えると斜面に対して打ちやすい立ち方になる。
これだけで、最小限のミスショットで済む確率が高くなる。
そして大事な事は、斜面では基本フルショットはダメという事...プロみたいなスーパーショットは絶対に夢見ちゃいけない。

同じようなことで、以前レッスンの取材をしたプロが、「つま先上がりやつま先下がりは、ボールの位置は真ん中でいい」なんてこと言っていたなあ...
そして(そんなところにボールを打った自分がいけないんだから)、「傾斜地からのショットは、トラブルから脱出する為であって、そこから番手なりの飛距離の普通のショットを望んじゃいけない」、ってことも言ってたっけ。

「斜面での打ち方」についての余計な難しい理屈は置いといて、こんなことだけでも覚えていると結構プレーに思い切りがでてくる。
「どう打ちゃいいんだ?」なんて迷いが無くなり、その上謙虚な気持ちでショットすれば、斜面の傾斜あるスタンスでのショットもそう大したミスにはならないだろう。
やっちゃいけないのはミスがもっと酷いミスになるショット...ミスを取り返そうと言う欲と迷いが更にミスを呼び、結果ビッグスコアを叩き出して、せっかくの楽しみなラウンドの一日を台無しにしてしまう。

ボールの位置を定めて、より大きなミスを呼び込まないように、「そこそこ」のショットで傾斜からの脱出を目指すだけでいい。
それで、一日の楽しみが先に続く。
そして、次のショットで「グッショッ!」なんて言えたらいい(笑)。

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「まず打って、それから悩め!」...パティ・バーグ。

いろいろと「ショットの前に球筋をイメージ」、とか「最高のショットをイメージ」とか描いて来たけど、これはその正反対。
私なんか、こっちの方に大賛成(まあ、どうせ大した事悩んでないし)。

...この前一緒になったゴルファーは、ショットの前にナイスショットや球筋のイメージを、キチンと浮かべる人らしかった。
ティーグラウンドで、自分のボールをセットした後しばらく目を閉じて動かない。
もう一度、ボールのロゴと打つ方向を修正する。
おもむろにアドレスに入った後、何かのイメージを待っているらしくじっと動かない。
一秒、二秒、三秒...果てしない時間の後、ショットする。
その打った球がイメージ通りだったかどうかはわからないが、コースを隅々迄縦横に使ってプレーしている。
パットまでいいイメージを「待っている」らしくて、ロゴを合わせてフェースを合わせ、構えたあと後動かなくなる。

毎ショット毎ショットいいイメージを待っているらしいその仕草は、毎ショット毎ショット他の同伴競技者に逆に悪いイメージと苦痛を膨らませて行く。

そして遂には、善良で争いごとの嫌いなゴルファー達に、「いいから、早く打てよ!」なんて言葉を吐かせてしまう。

...パティ・バーグは「最高のショットのイメージや、打ちたい球筋がすぐに浮かばなくて悩んでいるなら、打つ前に悩まないで、さっさと打て!」と言っているんだと思う。
決断力のない人間に対して「打つ前にいいイメージを出せ」なんて言うのは、「スロープレーをしろ」と言っているのと同じこと。
ホールを見て、ボールをセットして...すぐに心が決まらないなら、待っていてもみんなの迷惑だから、とりあえず打ってそれから悩めばいい...きっと悩みの形がはっきりしてるだろうからさ。

...最近売り出し中のプロにも、パットは「ラインがはっきり決まるまで打たない」と言って、グリーン上でスロープレーが取りざたされている者が多いようだし、普通のアマチュアゴルファーの中にも、プロのまねをして何やら儀式が多くなっている人がいる。

でも、すべてのゴルファーの中で一番嫌われるのは「スロープレーのゴルファー」。
(インチキするゴルファーは、すぐにみんなに相手にされなくなるから論外)
ただ、不思議な事に評判の「スロープレーヤー」と言う人程、自分が遅いとは思っていない様に見える。
自分にとっては良いショットを打つ為に必要なルーティーンをやっているに過ぎない、と思っている。
その結果が殆ど良いショットではなかったとしても、だ。
これは最近の雑誌やテレビなどからの情報にも責任がある。
誰もなりたくてスロープレーヤーになっているのでは無いはずなんだから。

「少し遅いかも」と思ったら、とりあえず打っちまえ。
その後で、反省でも悩みでもすればいい...どうせ我々アベレージ前後のヘボゴルファー、少しくらい多く叩いたって「スロープレーな奴」と思われるよりずっといい。

それに、後でミスショットを酒の肴に「反省」するのも、ゴルフの大きな楽しみの一つだろ?

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「ショットをする前に、生涯最良の一打を思い出せ」...アーノルド・パーマー。

いいイメージを思い出せ!
そういうことだろう。

例えば左がOBのホール...ティーグラウンドに立てば、ほとんどの人間がOBゾーンに消えて行くボールを思い浮かべてしまう。
フッカーは右に出したつもりが、曲がりが思ったより早く「あっ!」と思たとたんに左へ左へ...OBの白杭を越えて行く。
スライサーも、こんなホールに限っていつものように右に曲がってくれないボールは、打ち出した通りの方向にナイスショットとなって、OBゾーンに一直線。
こんなに曲がらないボールは、OBの方向にしか打てないのが不思議だったりして...

で、パーマーは言う。
「自分の一番良かったショットのイメージを思い浮かべろ」と。
しかし、彼ほどのゴルファー...じゃなくても、それなりに上手いゴルファーだったら、引き出しにいいショットのイメージは色々あるから思い浮かべ易いだろうが、我々はそうはいかない。

だいたいティーグラウンドで、これから打とうって時に自分の最良のショットを思い出そうとしていたら、簡単には見つからなくて探しているうちに酷いスロープレーになってしまう(笑)。

思い返せば我々の「これは凄いぞ!」なんてスーパーショットは、打った瞬間の手応えの快感と、予想外の出来事にであった驚きと、こんなことがあるはずがないという疑念がごちゃ混ぜになって、ただ空を飛んで行く白いボールを「呆然と」信じられない思いで見続けていたんじゃなかろうか..。

残ったのは、絶対的な幸福感と、どこかの何か有り難いものへの感謝と、この幸運の後に絶対に来るに違いない「不幸な出来事」(経験的にその方がずっと多いって知っている)へのもの凄く不安な気持ち...
別に失敗願望があるって訳じゃないのに、「こんないいことがまたあるはずがない」なんて思ってしまう、なんて俺達善人なアベレージゴルファー(涙)。

だもの、すぐにそんなショットのイメージを思い出せって言ったって、思い出すのは打った後の心の動きで、ショットのイメージなんて打ったときですら全く覚えていないわさ...な。
そして、それでも無理矢理そんなショットのイメージをしてショットをしたって、たいてい失敗する...するとそれで無くても弱々しい成功のイメージがまた一段薄れて行く。

ああ、なんて可哀想な気弱で善良で正直者のアリ地獄。

そこでそんな失敗の経験を積んで行くと、緊張するような景色のホールに出会うと、OBに飛んで行くボールのイメージを打ち消すためには、(見つからない最高のショットの代わりに)違うイメージで悪いイメージを消せば良いではないかと思いつく。
...そう、例えば打つ時に「今日の昼飯は何にしようか」とか「明日はあの酒を飲もう」とか「あの女優のおっぱいは大きいなあ」とか「ゴルフの女神ってのは美人なのかブスなのか」とか「あの時あの娘にフラれなかったらなあ」とか...

パーマーおじさんは怒るかもしれないけど、我々は結局簡単には見つからない最良のショットのイメージよりも、煩悩一杯のイメージの方が悪いショットのイメージを消せちゃうんだよねえ。
もちろん消すことは出来てもいいショットが打てる訳じゃないけど、悪いショットを頭に浮かべたままよりはなんぼかマシって程度の話。
...男って(俺って)馬鹿だねえ...

なんて言ってないで、今度間違って最高のショットが打てた時には、しっかりと覚えるようにしなくっちゃね。
いつになるか、わからないけど。

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「バンカーショットは教科書通り。あと必要なのは勇気だけだ。」...ジーン・サラゼン。

まあ、ゴルフを初めて一年もすれば、誰でも「バンカーの打ち方」というのは知っているはず。
どんなレッスン書にも、初心者用の入門書にも絶対に書いてあることだ。
多少のニュアンスの違いはあっても、「バンカーショット」なるものの基本は同じはずだ。

...一応、バンスの効いた「サンドウェッジ」を使うものとしての話だけれど。
俺がゴルフを始める遥か以前、ジーン・サラゼンがサンドウェッジを発明するまでは、バンカーショットというものはえらく技術のいる技だったらしい。
それがサンドウェッジというクラブのおかげで、勇気さえあれば誰でもバンカーから出せるんだ、と彼は言っているわけ。

バンカーショットの打ち方...一般的な教科書に載っているのは「スタンスはオープン、グリップはオープン、コックを使いボールの下をスタンス通りに振り抜く」なんてことだろう。
あとは「ハンドファーストに構えない」とか「左足重心」だとかも書かれている...

「勇気が必要」とはどういうことかというと、「今までの失敗の記憶を忘れろ」ということ。
勇気がなくて、失敗の記憶に負けてビビりながら打つと、腕が縮んでボールに直接当たってホームランになったり、振り抜けずにただのダフりになったりしやすい。
つまり、せっかくのバンスを使えないショットになって失敗する事が多くなる。

...面白いのはこれを書いたジーン・サラゼンでさえ、バンカーショットの失敗の記憶があまりに強く、それを克服するために練習を重ねたあげくサンドウェッジを発明した、なんて言うエピソードが残っている。
そんな彼がバンカーショットの名手と言われるようになるには、実際に練習とクラブの発明と「勇気」が必要だったんだって。

当然、やっとグリーン近くまで来たのに、バンカーのおかげで数えきれないくらいの「地獄」を経験してしまった我々には(グリーン近くでの失敗の記憶は傷が深いのだ)、そんな記憶を消して勇気を出すなんて至難の業。
こんな時に当たり前に書かれた教科書なんて(その失敗経験から)、全く信じていないのが普通のアベレージゴルファー。
...本当は教科書通りになんて出来たことないのに、教科書に書いてあることを信じたからバンカーで失敗したとまで思い込んでいる被害妄想のゴルファーたち。

認めるのは「教科書通りに出来なかったから、失敗した」ので、「教科書通りにやったから失敗した」なんて思わないこと。

さあ、辛い記憶の数々と被害妄想の思い込みを頭から振り捨てて、「教科書通り」に「勇気」を振り絞ってショットしてみよう。
きっと出る(と思う)...簡単に出る(はず)。
間違いなく出る(といいんだけど)。

フェースを少しオープンにしてグリップ、スタンスは目標方向にややオープン、左足に重心をかけて、ヘッドを少し前の感じで構えて、早めにコックして、ボールの下の砂を振り抜く!

...出なかったら、勇気が足りなかったんだよ、きっと。

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「あらゆるショットに際して,自分がどうしたいのかをはっきり自覚しなくてはならない」...ハーヴイー・ペニック。

ハーヴイー・ペニックは、言わずと知れた世界的なレッスンプロで、ベン・クレンショーやトム・カイトの師匠。

よく知られている言葉なのに、意外とコースでのラウンド中にこの言葉の様にやっている人は少ない。
多くのゴルファーの打つ前の気持ちなんて
「あの辺でいいや」
「あっち側ならいいか」
「池さえ越えれば」
「右はダメだな」
「OBじゃなければいいや」
...等々。

それで「決めた」つもりでショットする...結果は半分以上とんでもないミスになる。
ペニックは「どういうショットでどこを狙うのかを「はっきり」自覚しなくちゃいけない」と言っているが、これらの気持ちの有り様を「はっきり自覚した」とは言わない。。
「はっきり自覚する」って言うことは、「曖昧ではいけない」ということ。
これは、簡単なことだけど疎かになりやすい。

以前、金谷多一郎プロとの仕事のラウンドの際に、彼がこんなことを言っていた。
「目標を定めるということは、あの辺、という感覚じゃダメです。」
「あの向こうに見える木の、上から三番目の枝の、2枚目の葉っぱの左側、というくらいに具体的にはっきりとしたものにするんです。」

これは「決め打ち」と言う事だろう。
「あの辺」じゃなくて「あそこ」に打つって訳だ。
確かにこれを実行してみると、とんでもないミスが絶対に少なくなる。
一球一球「あそこ」と決め打してみると、結果は誰でも実感出来るから。

じゃあ、アベレージゴルファーがなぜいつもそうしないのか、というと...実は一球一球集中力を高めてラウンドすると結構疲れる。
特に現代のディープキャビティーアイアンなんかを使っていると、つい適当に「そこまでしなくても大丈夫だろう」「気楽に打ってもなんとかなるさ」なんて気持ちでも、そこそこのボールが打てて何とかなってしまう。

しかし、難しいクラシックアイアンやマッスルバックアイアンを使ってラウンドしてみると、球筋から狙い所まで一球一球決めて打たないと酷いミスショットしか打つ事が出来ず、生半可な自覚ではゴルフを楽しむなんてとんでもないという事を知る事になる。
「前に飛んでりゃあいい」なんてレベルよりもっと深くゴルフを楽しむためには、一度難しいアイアンを借りるなりして、「いい加減」で「適当」なショットなんて一発も打たない」という気持ちでゴルフをやってみるのも面白いだろう。

そこ迄はやらないにせよ、全てのショットを「自分はどういう球筋で、どこを狙うのか」をはっきりと自覚してから打つ...ハーヴィー・ペニックの言うように、そんなことをこれからの自分のゴルフのテーマにしてみるといい。
きっと自分のゴルフの内容が変わるから。

まあ、だからといって練習しなくちゃ腕が上がる訳ではないから、ミスショットが無くなる訳でもスコアがすぐに良くなる訳でもないけれど、ゴルフというゲームを「ラッキー任せ」ではない「自分の意志で戦い続ける大人の遊び」にする事は出来るはず。

ただし、「自覚」するのに時間がかかってスロープレーになってしまうのは、ゴルファー失格の、「論外」の話。


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