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「ゴルフというのは 自分の人柄を 天下に公表するゲームだ。」・・・チャールズ・マクドナルド

こういった内容はいろいろな人がいろいろな言葉で言っている。
まあ,いずれにしろ「1ラウンドプレーする間には、本当の自分というものが隠しきれずに出てしまうのだ」と過去のゴルフ史に残る人たちが忠告してくれているわけだ。

前に描いた「最善の自分と、最悪の自分が表れる」とも同じことだし...

そういうことは、「車の運転を見ると」と「麻雀をやると」と「ギャンブルをやると」その人間の本当の性格が判る、なんて昔から言われているけれど、「人生に似ている」と言われるゴルフ程隠されているその人間の本質が出てしまうものは無い。
特に普段は「おとなしくて、穏やかで人格者な大人」みたいに思われていた人が、じつは「短気で強引、凶暴でわがまま」なプレーをする人だったりしたら、もうその人の普段の態度がいくら礼儀正しくて紳士であっても、「本当はこの人は怖い人なんだ」なんて知れ渡ってしまうだろう。
酒乱なんてのは「酒」のせいにできるけど、ゴルフで暴れていたからって「ゴルフ」のせいには出来ないし。
また、いかにもこわもてで凶暴そうな人が、実に優しいプレーをしたりして驚かされたりする、なんてこともあるから面白い。

ただ、普段は「臆病で小心」なんて思われていた人が、パットはすべてオーバーさせてくるし、ハザードはものともせずにピンまっすぐ攻めまくるプレーを続ける、なんていう「決断の早い、度胸のある」プレーをする人だったりして、見直されることもある。
逆に「男らしくて、勇敢な」と見られていた人が、パットはショートしっぱなし、ハザードがあれば必ず遠回りして逃げるなんていう「ビビリ虫」のプレーを続けて驚かされるなんてことだってある。

かと思えば、普段は無口で寡黙な人が一打ごとに感想やショットの目的を饒舌に話し続ける人だったり、男らしくて立派だと思っていた上司が愚痴と泣き言を言い続ける人だったり、仕事に厳しい人が言い訳ばっかりする人だったり...

ゴルフを一緒にプレーする、っていうことは、その人の本当の姿なり生き方を知ってしまうこととも言える。
...恐ろしいことだ(笑)。
自分でも、プレーに夢中になるとつい隠しきれずに、小心で臆病で卑怯で弱虫で俗物の情けない自分が、ラウンド中に顔を出してしまうのがわかる。
自分でもそんな自分が嫌いなのに、つい出てしまうのだ。
いつも、それはすぐに反省するんだけれど...一ホール過ぎれば...もう、地の自分(笑)。

ゴルフをすることで、ほとんどのゴルファーが普段のその人の姿から見れば「子供返り」しちゃっているとも言えそうだ。
思い返してみると、ゴルフのプレーに熱中すると、ほとんどの男はその人の普段の姿よりダメ男化してしまう(もちろん女もね)と断言できる。

...ただね。
いるんだ、本当に極まれに...本物の立派なゴルファーが。
この人は普段どんな人なんだ? なんて知りたくなるようなゴルファーが。
何十年かの間にわずか数人だけど。



...俺は、ダメだ。
立派なゴルファーには、絶対になれない(キッパリ!)。
だからせめて、「ゴルフの女神に感謝するゴルファー」を目指している。