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「ダッファーに幸あれ、君は誰よりも多く ボールを打ち、誰よりも多く ゴルフを楽しむ」...古諺。

今更なんだけど。
昔から言われていて、みんなも知っているはずの言葉なんだけど。
...「ああ、なんて好い言葉なんだろう!」

競技に参加したり、まじめな予選に出たりしてみるとよく感じる事...一打を争う上級者ほど、ゴルフが楽しくないような様子を見せることが多い。
苦痛と、苦悩と、我慢と、失望、絶望と、怒り、嘆き、焦り、恐怖、そして何かに対する呪いの言葉や、恨みの言葉まで...ゴルフクラブを持っていなけりゃ、とても正気の人達とは思えない程。
まあ気持ちはわからないでも無い...競技ゴルフの最中には自分の中にさえそんな気持ちがあることが多かったから。

そんな時にこの言葉が「この人達は、何故ゴルフなんていう遊びをしているんだろう?」と、問いかけて来る。

100から90くらいで回る、なんていう「ダッファー」の人たちのゴルフには、なんて「笑い」が満ちているんだろう。
80を切るか切らないか、という人たちのゴルフには、かなり笑いが少なくなってくる。
パープレーするかどうかの人たちのゴルフには、明るい笑いなんてほとんどない。
もちろんうまく行っている人は、上級者でも笑うし、余裕があるんだけれど。

ダッファーの人たちのゴルフは、うまくいってもいかなくても、いつも笑いをはじめとする素直な感情が満ちているように感じる。
「ゴルフを楽しむ」という言葉の中には、その緊張感やプレッシャーや、いろいろなアンラッキーを耐えることまで含まれているから、嘆きや怒りや恐怖や愚痴や言い訳と言った喜怒哀楽に満ちた人間らしい感情に踊らされるのはしょうがない。
しかし、ダッファー達のゴルフにはその子供の様な素直な感情の後にすぐに「笑い」があるのだ。
腹の底からの大笑い、照れ笑い、ごまかし笑いに言い訳笑い、自虐的な笑いもあれば思い出し笑いに夢見る笑い迄...

たまたま、運が良くて子供時代からゴルフをする機会に恵まれ、運動能力もあったような人はそれなりに上手くなり、プロやトップアマ、あるいは5下のシングルにもなれるけれど、若いときにゴルフに出会う機会に恵まれずに、社会人になってからゴルフを始めて熱中したような人は、ダッファーのままでいることが多いだろう...当然本業の仕事が生活の中心で、「遊び」であるゴルフを練習する環境や時間や金にも恵まれないのが当たり前なんだから。

でも、コースで遊ぶ時点でどちらの人がよりゴルフを愛しているか、なんてのには差はない。
腕はもちろん全然違うだろうけれど、それぞれの環境の中で「ゴルフに一生懸命」「ゴルフに夢中」なのは同じだと思うから。

そうしたら、僅か数回のミスで苦虫をかみつぶした様な表情になり、全ての気持ちを暗くさせてしまうような「70回やそこら」で回る人たちより、「100回前後」繰り返す真面目な真面目なドタバタ喜劇を、笑いと涙の感動とともに演じている人たちの方がずっと「ゴルフ」を楽しんでいるって思った方がいいんじゃないか?

楽しもうぜ、ご同輩。
ゴルフは上手い人達だけのもんじゃない。
ゴルフの神様も予測が出来ない様な、そのとんでもない「次の一打」を楽しめるのは、多分我々の方なんだからさ。