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「ゴルフってのは、身体が健康で頭が空っぽの奴なら、すぐにスクラッチプレーヤーになれる」...不詳

どこで聞いた言葉だったかは忘れてしまった。
ただ、あのウオルター・ヘーゲンもこんなことを言っている。
「俺のところに、手と足の大きな奴で頭の空っぽなのを連れてくれば、必ず一流のプロゴルファーにしてやる」

どうだろう。
案外凄い真理だとは思わないか?
勿論、現在スクラッチプレーヤーとかプロの人達が「頭が空っぽ」という訳では決してないんだけれど(笑)、どうしてこんな言葉が言われるようになったのかは興味があるだろう。

あくまで独断と偏見での考えだけど、ゴルフにおけるスイングの技術とか動きそのものは、ある程度の練習とその繰り返しでそんなに長い時間をかけなくても会得できるものだと思う。
地面にあるボールを打つという動きだ。
飛距離には個人差があるけれど、2ー3年もすれば誰でも普通に打つことは出来るようになる...練習場で見てみれば、1ー2年やっていて空振りばかりなんて人はまずいない。
奇麗なスイングや個性的なスイングという違いはあっても、誰でも気持ちよくボールを打っている。

じゃあ、スコアというものがどこで差がつくかと言えば...俺は「感受性」だと思う。
感受性、ってのは...感情の繊細さ、喜怒哀楽の激しさ、その人の持って生まれた気質、想像力、向上心、...ある意味で人間性の深さだ。
練習場でいくら上手く打てるようになっても、殆ど全員がコースに行くとその成果を発揮できないのは、「ライの変化」ということも勿論あるんだけれど、「景色が見えること」による影響と「かくあるべきはず」という自分に対する感情の乱れのせいだと思う。

ゴルフは「景色のゲーム」だと言われているように、広く平らな場所ならなんでもないショットが、「前に池がある」「右がOB」「左が崖」「クリークが横切っている」なんて景色が見えたとたんに、普通にスイングできなくなる。
「あそこに行ってはダメ」と感じたとたんに、身体もボールもその方向に行く動きになってしまうのが、普通の人の「ゴルフ」。
1mのパットもそう。
何も考えなければなんでもないパットが、「これを入れたら100を切る」「これを外せば笑われる」「こんなのが入らなかったら俺は馬鹿だ」とか、よけいなことを頭の中でぐるぐると考え、イメージし...外す。

ゴルフの場合は「感受性豊か」であったり、「繊細な感受性」を持つ事、「深い人間性」を持つ事は、ゴルフが上達の絶対的な弱点なのだ。
少ない数字で上がる為には、こうした感覚は邪魔にしかならないのだ!


そこで、なんにも深く考えることのない奴、何も感じないヤツ、反省も想像も恐怖も関係ない「頭の空っぽな奴」だ。
こういう「何も考えない奴」「何も感じない奴」なら、どんな景色の場所であろうと、練習場と同じに簡単に打って簡単に入れられる。
当然2年もしないでスクラッチプレーヤーどころか、プロにさえなれるかもしれない。

ここに真理がある。
多分余計なことを考えなければ、感じなければシングルなんて簡単になれるのだ。

...でも、それでいいのか?
ゴルフがなんで面白いかと言えば、その景色を楽しむから面白い。
景色を楽しみ、恐怖し、迷い、悩み、やがて自分なりに決断し、成功して大喜びし、失敗して深く落ち込む...それが面白い。
後悔し、反省し、自己否定し、「報われない人生」迄考えても、次のホールの景色を見たとたんに、また新しい自分の人生のスタートと夢の実現に向けて立ち上がる(笑)...我々のゴルフのラウンドは、そんな風な事を感じてドタバタと、毎ホール沢山の数字を積み上げていくわけだ。

さて、ゴルフを心底楽しむご同輩。
我々は頭空っぽのスクラッチプレーヤーを目指したいか?

いや、我々は汗と涙とビビる心を振り絞って、ホール毎の自分のドラマへと懸命に立ち向かう、頭でっかちで感受性豊かな「ヘボゴルファー」で行こうじゃないか。

それでもそのうちきっと、時間が多少かかっても、今よりちょっとは上手くなれるからさ(笑)。