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「せっかく開眼した(はずの)当たりが、長く続かないのは[Over-do]のためだ!」
この言葉は、ボビー・ジョーンズ、ジミー・ディマレ、ヘンリー・コットン他、古今の著名なゴルファーが口を揃えて言っている言葉。

オーバー・ドゥ...やりすぎるってこと。

確かに自分にも、一つや二つではない「覚え」がある。
ある時は、アイアンを上手く打ち込んでボールを捕まえる「コツ」を掴んだと思った。
しばらくは実にイメージ通りにボールが飛び、しかもピンに絡んでピタッと止まる。
これで俺はアイアンは絶対マスターした!...なんて思っていた。
しかし、だんだんダウンブロー(本人はそう思っていた)に打ち込む度合いが強くなっていき、フェアウェイに掘る穴の深さが増していった。
そしてついには、ショートアイアンで打ったときにはアイアンがフェアウェイに突き刺さり、抜けなくなるまでになってしまった。
今思えば笑い話だけれど、自分では「華麗なるダウンブローで、ワラジの様なターフをとっているだけ」なんて信じていた...しまいには右手を捻挫するくらい深く打ち込んで、深い穴掘って、何がダウンブローなんだか(笑)。

有名なプロゴルファー達でさえ、オーバー・ドゥになることに気を遣うなんていうんだから、我々がある日突然「わかった!」なんて事は、実は深ーい落とし穴の前で背伸びして、甘そうな頭上の木の実を獲ろうとしているのと同じなのかも知れない。
そんな簡単に「わかる」なんて、ゴルフはそんなに甘くないってみんな知ってるはずのこと。
それなのに不思議なことに、ラウンドするたび、練習するたびにゴルファーってのはいきなり閃いちゃうし、何かを掴んじゃう。
「これだ!」ってやつだ。
そして、それが今迄に経験した事の無い様な良い結果を出してくれたりする。
「判った!」「俺は開眼したんだ!」「俺は壁を越えた!」なんてね。

そうなるともう、それだけを信じ込んでこだわり、道が見えたからと夢中で練習する。
それが「たまたま」上手く行っただけなんて事は、全く思いもしない。
しかし、何ラウンドかは上手く行ったラウンドのあと、「あれ?」と思う...以前得意だったヤツが上手くいかないし、開眼したはずのヤツもおかしい。
「こんなはずでは...」と、自分が見つけた事柄を必死で反芻し、練習の成果を表そうとするのだが、やればやるだけミスが酷くなって来る。
それどころか以前は無かった様なミスさえするようになる。
ふと気がつく...俺は上手くなっているどころか、下手になっているんじゃないか?

メチャクチャになってしまった自分のゴルフの姿に気がついて、ふと思うようになる「あれは、悪戯好きの魔女の囁きだのか?」

ゴルフの上達と言うのは、振り子の様なものだと聞いた事がある。
例えば、全てが右に行き過ぎて悪い状態の時に、左側の方法に気がつくとスイングが右から左に移って行く...するとある一瞬、全てが真ん中のいい状態になり、素晴らしい結果が出るようになる。
しかし、その「左」の方法をやり過ぎると全てが左に向かって行き、結局今度は左側の悪い状態に突入してしまうのだと。
その「真ん中」の状態を維持する事は、プロの超一流ゴルファーにとっても容易な事ではないんだ、と。


「オーバードゥをしない」と言う事は、超一流ゴルファーにとっても難しい事だと言うんだから....我々凡ゴルファーがしょっちゅう開眼して「あっちへ行ったり」「こっちに来たり」で右往左往しているのは、しょうがないと言えばしょうがないって事だ。

だからせめて、我々も「開眼」なんてしちゃったときは、「この開眼で行き過ぎないよう用心しよう」なんて思わないかい?
ご同輩。