img_0-11

「我々は公平ということを、言い過ぎる。
 非常に良いショットが 非常に悪いライになることがある。
 だが、それがゴルフなのだ。」...ジョージ・ダンカン

どうだろう。
別に「長い目で見れば、幸運も不運も同じ」という言葉があるけれど、自分じゃ圧倒的に不運の方が多いと思っている人が圧倒的に多いんじゃないか。
...でも、ここでは運不運の問題は置いておいて。

ゴルフの面白さ、ゴルフの奥深さというものは、自然の中で遊び競うものだというところにあると思う。「自然の中で遊ぶ」ということは人工的な場で遊ぶ事と違い、同じ距離を打つのであっても、風が違い、気温が違い、自分の体調も違い...そして「ライ」が違う為に「全く同じショット」を打つ事はまず無いと言う事。

昔からいろいろな名手達がゴルフのことを、「ゴルフは景色のゲームだ」とか「ゴルフはライのゲームだ」とか言っている。
景色とは、例えば「右がOB」とか「左が池」だとか、「目の前が池」だとか、普通の広くて何にも無いフェアウェイからならなんでもないショットが、見える「何か」があるだけで普通にショットが打てなくなってしまう...景色を見たことによる心理的な影響がゴルフを難しくすることを言う。
(10メートルの長さで幅30センチの板は、地面においてあれば誰でも問題なく歩けるけど、20メートルの高さにあったら歩いて渡れる人は極少ないだろ?)

そして、「ライ」。
ゴルフは原則的に、ティーグラウンドでボールをセットしたら、グリーンに乗るまで絶対に「手」でボールを触ってはいけないのだ(アンプレアブルの処置、修理地、カジュアルウォーターの処置、あるいは動かせない障害物の処置など、いくつかの例外はあるけれど)。
どんなに良いショットをしても、誰かが掘ったディポット跡に入ってしまうことがある。
ちょっとキックが悪かっただけで、変な傾斜に行ってしまうことがある。
理不尽だし不公平だし、時には「祟り」とか「呪い」の存在迄信じたくなる程だ...でも、「それがゴルフ」なのだ。
ゴルフは本来アンフェアなもの、それを甘んじて受けて、その苦難を乗り越え、奥深さを楽しむのが本当の「ゴルファー」なんだと思う。

だから、よくオープンコンペなんかでやっている「6インチプレース」。
あれはゴルフを本当に楽しみたい人は絶対にやってはいけない。
もしやれば、その人のやっているものは断じて「ゴルフ」ではなくなってしまう...ただ格好が「ゴルフに似た球遊び」だ。
ゴルフに似てはいても、志も誇りもルールも、世界の人が楽しむ「ゴルフ」じゃあない。

初めてオープンコンペで会うゴルファーのそこだけは見ている...そして、ボールに触らない人とのゴルフ談義は、実に楽しい。
ともに不運を嘆き合うんだって、触らないから潔い。

だから「ゴルフ」は面白い。