ゴルフの名言勝手に解釈  (渡辺隆司のゴルフブログ)

過去から今に伝わるゴルフの「名言・格言」を、勝手な解釈で描いて行きます。 読んだ結果、多分、ゴルフが上手くはなりません。 でも、ちょっと良いゴルファーにはなれるか、と。 もちろん責任持ちませんが。 (イラストの無断使用はしないで下さい)

img_0-42

「ショットをする前に、生涯最良の一打を思い出せ」...アーノルド・パーマー。

いいイメージを思い出せ!
そういうことだろう。

例えば左がOBのホール...ティーグラウンドに立てば、ほとんどの人間がOBゾーンに消えて行くボールを思い浮かべてしまう。
フッカーは右に出したつもりが、曲がりが思ったより早く「あっ!」と思たとたんに左へ左へ...OBの白杭を越えて行く。
スライサーも、こんなホールに限っていつものように右に曲がってくれないボールは、打ち出した通りの方向にナイスショットとなって、OBゾーンに一直線。
こんなに曲がらないボールは、OBの方向にしか打てないのが不思議だったりして...

で、パーマーは言う。
「自分の一番良かったショットのイメージを思い浮かべろ」と。
しかし、彼ほどのゴルファー...じゃなくても、それなりに上手いゴルファーだったら、引き出しにいいショットのイメージは色々あるから思い浮かべ易いだろうが、我々はそうはいかない。

だいたいティーグラウンドで、これから打とうって時に自分の最良のショットを思い出そうとしていたら、簡単には見つからなくて探しているうちに酷いスロープレーになってしまう(笑)。

思い返せば我々の「これは凄いぞ!」なんてスーパーショットは、打った瞬間の手応えの快感と、予想外の出来事にであった驚きと、こんなことがあるはずがないという疑念がごちゃ混ぜになって、ただ空を飛んで行く白いボールを「呆然と」信じられない思いで見続けていたんじゃなかろうか..。

残ったのは、絶対的な幸福感と、どこかの何か有り難いものへの感謝と、この幸運の後に絶対に来るに違いない「不幸な出来事」(経験的にその方がずっと多いって知っている)へのもの凄く不安な気持ち...
別に失敗願望があるって訳じゃないのに、「こんないいことがまたあるはずがない」なんて思ってしまう、なんて俺達善人なアベレージゴルファー(涙)。

だもの、すぐにそんなショットのイメージを思い出せって言ったって、思い出すのは打った後の心の動きで、ショットのイメージなんて打ったときですら全く覚えていないわさ...な。
そして、それでも無理矢理そんなショットのイメージをしてショットをしたって、たいてい失敗する...するとそれで無くても弱々しい成功のイメージがまた一段薄れて行く。

ああ、なんて可哀想な気弱で善良で正直者のアリ地獄。

そこでそんな失敗の経験を積んで行くと、緊張するような景色のホールに出会うと、OBに飛んで行くボールのイメージを打ち消すためには、(見つからない最高のショットの代わりに)違うイメージで悪いイメージを消せば良いではないかと思いつく。
...そう、例えば打つ時に「今日の昼飯は何にしようか」とか「明日はあの酒を飲もう」とか「あの女優のおっぱいは大きいなあ」とか「ゴルフの女神ってのは美人なのかブスなのか」とか「あの時あの娘にフラれなかったらなあ」とか...

パーマーおじさんは怒るかもしれないけど、我々は結局簡単には見つからない最良のショットのイメージよりも、煩悩一杯のイメージの方が悪いショットのイメージを消せちゃうんだよねえ。
もちろん消すことは出来てもいいショットが打てる訳じゃないけど、悪いショットを頭に浮かべたままよりはなんぼかマシって程度の話。
...男って(俺って)馬鹿だねえ...

なんて言ってないで、今度間違って最高のショットが打てた時には、しっかりと覚えるようにしなくっちゃね。
いつになるか、わからないけど。

img_0-41


「バンカーショットは教科書通り。あと必要なのは勇気だけだ。」...ジーン・サラゼン。

まあ、ゴルフを初めて一年もすれば、誰でも「バンカーの打ち方」というのは知っているはず。
どんなレッスン書にも、初心者用の入門書にも絶対に書いてあることだ。
多少のニュアンスの違いはあっても、「バンカーショット」なるものの基本は同じはずだ。

...一応、バンスの効いた「サンドウェッジ」を使うものとしての話だけれど。
俺がゴルフを始める遥か以前、ジーン・サラゼンがサンドウェッジを発明するまでは、バンカーショットというものはえらく技術のいる技だったらしい。
それがサンドウェッジというクラブのおかげで、勇気さえあれば誰でもバンカーから出せるんだ、と彼は言っているわけ。

バンカーショットの打ち方...一般的な教科書に載っているのは「スタンスはオープン、グリップはオープン、コックを使いボールの下をスタンス通りに振り抜く」なんてことだろう。
あとは「ハンドファーストに構えない」とか「左足重心」だとかも書かれている...

「勇気が必要」とはどういうことかというと、「今までの失敗の記憶を忘れろ」ということ。
勇気がなくて、失敗の記憶に負けてビビりながら打つと、腕が縮んでボールに直接当たってホームランになったり、振り抜けずにただのダフりになったりしやすい。
つまり、せっかくのバンスを使えないショットになって失敗する事が多くなる。

...面白いのはこれを書いたジーン・サラゼンでさえ、バンカーショットの失敗の記憶があまりに強く、それを克服するために練習を重ねたあげくサンドウェッジを発明した、なんて言うエピソードが残っている。
そんな彼がバンカーショットの名手と言われるようになるには、実際に練習とクラブの発明と「勇気」が必要だったんだって。

当然、やっとグリーン近くまで来たのに、バンカーのおかげで数えきれないくらいの「地獄」を経験してしまった我々には(グリーン近くでの失敗の記憶は傷が深いのだ)、そんな記憶を消して勇気を出すなんて至難の業。
こんな時に当たり前に書かれた教科書なんて(その失敗経験から)、全く信じていないのが普通のアベレージゴルファー。
...本当は教科書通りになんて出来たことないのに、教科書に書いてあることを信じたからバンカーで失敗したとまで思い込んでいる被害妄想のゴルファーたち。

認めるのは「教科書通りに出来なかったから、失敗した」ので、「教科書通りにやったから失敗した」なんて思わないこと。

さあ、辛い記憶の数々と被害妄想の思い込みを頭から振り捨てて、「教科書通り」に「勇気」を振り絞ってショットしてみよう。
きっと出る(と思う)...簡単に出る(はず)。
間違いなく出る(といいんだけど)。

フェースを少しオープンにしてグリップ、スタンスは目標方向にややオープン、左足に重心をかけて、ヘッドを少し前の感じで構えて、早めにコックして、ボールの下の砂を振り抜く!

...出なかったら、勇気が足りなかったんだよ、きっと。

img_0-40


「あらゆるショットに際して,自分がどうしたいのかをはっきり自覚しなくてはならない」...ハーヴイー・ペニック。

ハーヴイー・ペニックは、言わずと知れた世界的なレッスンプロで、ベン・クレンショーやトム・カイトの師匠。

よく知られている言葉なのに、意外とコースでのラウンド中にこの言葉の様にやっている人は少ない。
多くのゴルファーの打つ前の気持ちなんて
「あの辺でいいや」
「あっち側ならいいか」
「池さえ越えれば」
「右はダメだな」
「OBじゃなければいいや」
...等々。

それで「決めた」つもりでショットする...結果は半分以上とんでもないミスになる。
ペニックは「どういうショットでどこを狙うのかを「はっきり」自覚しなくちゃいけない」と言っているが、これらの気持ちの有り様を「はっきり自覚した」とは言わない。。
「はっきり自覚する」って言うことは、「曖昧ではいけない」ということ。
これは、簡単なことだけど疎かになりやすい。

以前、金谷多一郎プロとの仕事のラウンドの際に、彼がこんなことを言っていた。
「目標を定めるということは、あの辺、という感覚じゃダメです。」
「あの向こうに見える木の、上から三番目の枝の、2枚目の葉っぱの左側、というくらいに具体的にはっきりとしたものにするんです。」

これは「決め打ち」と言う事だろう。
「あの辺」じゃなくて「あそこ」に打つって訳だ。
確かにこれを実行してみると、とんでもないミスが絶対に少なくなる。
一球一球「あそこ」と決め打してみると、結果は誰でも実感出来るから。

じゃあ、アベレージゴルファーがなぜいつもそうしないのか、というと...実は一球一球集中力を高めてラウンドすると結構疲れる。
特に現代のディープキャビティーアイアンなんかを使っていると、つい適当に「そこまでしなくても大丈夫だろう」「気楽に打ってもなんとかなるさ」なんて気持ちでも、そこそこのボールが打てて何とかなってしまう。

しかし、難しいクラシックアイアンやマッスルバックアイアンを使ってラウンドしてみると、球筋から狙い所まで一球一球決めて打たないと酷いミスショットしか打つ事が出来ず、生半可な自覚ではゴルフを楽しむなんてとんでもないという事を知る事になる。
「前に飛んでりゃあいい」なんてレベルよりもっと深くゴルフを楽しむためには、一度難しいアイアンを借りるなりして、「いい加減」で「適当」なショットなんて一発も打たない」という気持ちでゴルフをやってみるのも面白いだろう。

そこ迄はやらないにせよ、全てのショットを「自分はどういう球筋で、どこを狙うのか」をはっきりと自覚してから打つ...ハーヴィー・ペニックの言うように、そんなことをこれからの自分のゴルフのテーマにしてみるといい。
きっと自分のゴルフの内容が変わるから。

まあ、だからといって練習しなくちゃ腕が上がる訳ではないから、ミスショットが無くなる訳でもスコアがすぐに良くなる訳でもないけれど、ゴルフというゲームを「ラッキー任せ」ではない「自分の意志で戦い続ける大人の遊び」にする事は出来るはず。

ただし、「自覚」するのに時間がかかってスロープレーになってしまうのは、ゴルファー失格の、「論外」の話。


↑このページのトップヘ