ゴルフの名言勝手に解釈  (渡辺隆司のゴルフブログ)

過去から今に伝わるゴルフの「名言・格言」を、勝手な解釈で描いて行きます。 読んだ結果、多分、ゴルフが上手くはなりません。 でも、ちょっと良いゴルファーにはなれるか、と。 もちろん責任持ちませんが。 (イラストの無断使用はしないで下さい)

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「ゴルフは恋愛問題のようなもの。真剣に考えなければ楽しくないし 真剣に考え過ぎれば心臓発作の元となる。」...ジョゼフ・マードック。

ゴルフっていうやつは、古来「人生に似ている」とか、「女に似ている」とか、「恋愛問題に似ている」とか言われて来た。
どれも、そう簡単に良い結果が出せない、近道の無い、上手く行ってるヤツが珍しくて羨ましい、複雑怪奇・面倒至極な問題ばかりなんだけど。

確かにゴルフってのは、本気になればなるほど面白くて、深みにはまる。
この言葉がピンと来ない人は、それほど本気でゴルフを遊んでないか、子供の頃から(若いうちから)ゴルフに親しんだ人のどちらかだろう。

大人になって、それも年をとってゴルフを始める人ほど深みにはまって、我と我が身を焼き尽くしてしまう、というのは「老いらくの恋ほど、深みにはまる」恋愛問題とまったく同じ。
...「老いらくの恋」で我が身を滅ぼしてしまうのは、殆どの場合「悪女」に引っかかり、その手練手管によって無我夢中となり...ついにはそれまでの人生で築き上げて来た「地位」も「名誉」も「財産」もすっかり失ってしまう、というのがお定まりのストーリー。
そしてゴルフ場にも悪女が居るのだ。
普通には「ゴルフの女神様」なんて言われて、コースを歩くゴルファーに優しい視線を投げ掛け、囁き、誘惑するティーグランドやグリーンの脇や木々の影に居る存在だ。
が、その手管の上手い事といったらもう...

「よし!開眼した!」「わかった!」なんて感じて追いかければ追いかけるほど、次から次へとアンラッキーやトラブルをバラまいて絶望の縁へとたたき落とし、「もうこんなゴルフはやめた!」「ゴルフなんて面白くない!」なんて言う疲れ果てた百叩きゴルファーには、バーディーやイーグルのラッキーパンチを味合わせて意地悪の限りを忘れさせたり、「俺はこんなに飛ばせるのか!」なんて人生最高のショットを打たせたて、また夢を見させたり...

うすうす真実の自分は判っているのに、身分不相応の夢を女神が見せてしまうのだ。
悪女に惚れちゃあいけない。
ゴルフの女神に気を取られちゃあいけない。
長生きしたかったら、女もゴルフも程々に...ってことだ。



...なんて事出来たら、俺は立派な紳士で立派なスクラッチプレーヤーになってるわい(笑)!
凡人俗物ダッファーは、恋愛もゴルフも心臓痛めながら、毎日真面目に真剣に悩んで楽しんで...
心臓の薬飲みながら、カッコ悪くてもこれが俺のゴルフ、俺の人生、なんの文句があるもんか! 
 ...だ(笑)。


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「練習の最後の一球は、いい球を打って終れ。」...トム・ドーセル。

最後の一球てのは、記憶に残ってしまうんだそうだ。
...多分誰でも覚えがあるだろう?

長い時間練習して、沢山のボールを打って、そろそろ練習を切り上げようなんて思った、残りの一球。
「最後だからドライバー」とか「今日の仕上げだからウェッジでアプローチ」とか「今日やった練習の仕上げだ」なんて気持ちで臨む最後の一球。

それがまあまあのショットならいい。
ところが、ドライバーで打ったら、思ってもみなかった逆球が出た。
ウェッジで打ったらシャンクした。
仕上げのつもりが大ダフリ...

もうボールが無い。
どうするか?

ここでやめると、「逆球が出た」「シャンクした」「ダフった」とか言う事が、それまでの沢山の時間と数多くのボールを打った記憶を押しのけて、一番強く記憶に残ってしまう。
そして、例えば次のラウンドのスタートホールでのティーショット...必ずあの「逆球」が頭に浮かぶ。
あのシャンクや、あのダフリが頭に浮かぶ。

だから、「最後の一球はいい球を打って練習を終わらせなければいけない」、という訳だ。
ある人はもうワンコインとかもう10球打ってみる、ある人はこっそり使わないコースボールを打って悪い記憶を消すとか、ある人は連れのボールを借りていい球を打つとか...色々な人が色々な事をやっている。
なんにしたって、絶対に最後は悪い記憶や不安を残さないで練習を終わらせなくてはいけない。

自分にも覚えがある。
...最後の一球のアプローチがシャンクした...もうワンコイン打つのも面倒で、ついそのままやめてしまった。
そして、その嫌な記憶が残ったままの次のラウンドで、その不安なアプローチが本当にシャンクした...あとはもうボロボロ。

だから、必ず練習はいいボールを打って、いい記憶を残して切り上げる事。
最後の一球がミスショットで終わると、練習の結果に不安しか残らない。


...でもねえ、そうすると練習が永遠に終わらないような気もしてくるんだよねえ...
俺みたいに小心な男だと、「最後の一球」だと思うと緊張して 必ずミスしそうな気がするもの。

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「トラブルになったら、『やりたい』ショットではなく、『やれる』ショットをしろ」...ジャック・バーグ。

イラストのようなケース、左打ちなら前に打てて距離を稼げる。
右打ちでは普通にスイング出来ないの、でスイングの出来る真横に出すだけとなって確実に1打の損となる。

さあ、どうするか。
左打ちで少しでも前に打つ、と言う選択をする人が結構多いんじゃないだろうか。
テレビの試合中継なんかでは、プロがやっているのを何度も見た事があるし、フルスイングじゃないんだからゴロでもなんでも前には打てるだろう...

まあ、殆どの場合は「空振り」となる。
最悪の場合、変なところに当たってもっと悪い状況になってしまう事だってありえる。
...そりゃあそうだ、普通の右打ちの人が左でボールを打つなんてやった事が無いんだろうから。
練習場だって、殆どのところでは右打ちの打席では左打ちは出来ないし。
ただ、プロなんかがやっているのを見た事があるからやれるような気がするし、やってみたいとも思っていたし...
その結果1打の損だったのが、2打の損...空振りに動揺して3打4打にも影響して、晴れてビッグイニングの達成となってしまう。

トラブルは、そこに打ち込んだ事で1打のペナルティーを払うのは覚悟しなくてはいけない。
1打払うのは真っ当な対価なのだ。
それをケチったんだったら、失敗すればさらに大きな罰金を払わなければならなくなるのは、世の理ってものだろう。
素直に横に出しておけば、1打多いだけで済んだ...かもしれないのに。

他のトラブルも同じ事...急斜面にしろ、林の中にしろ、池にしろバンカーにしろ、そこに打ってしまったのは自分なんだから、「やったことがない」「やれたらいいな」なんてショットをしようとして、さらに深みにはまるような事はするな...謙虚に「やれるショット」を打つ事だけ考えろ、とジャック・バーグは言っている訳だ。

だが...ある不良中年ゴルファーは、考える(自分の事だけどね)。
「命までとられる訳じゃなし、可能性があるならやってみるのが男だべ」
(別に「だべ」じゃなくてもいいんだけどね)
そして、やってみると(宝くじやパチンコなんかよりよっぽどいい確率で)それが結構上手くいったりするから、ゴルフって奴は面白い。
正直な所、俺はドライバーのナイスショットより、逆転満塁起死回生のスーパーギャンブルトラブルショットの成功の方に大きな快感を感じる。
そんな「フェアウェイからより、トラブルショットの方がグリーンに乗る確率が高い」と言われている俺には、この格言を提案する資格は無い...「俺はいつも「やれる」ショットより「やりたい」ショットを打つ方を選ぶ、アホゴルファー」だって言う自覚がある。

たしかにスコアメイクを考えれば、ジャック・バーグの言葉を聞くべきだ。

でも、それを承知でお馬鹿をやるのもまたゴルフ。
理由?...「だって、その方が気持ち良いんだもの」でいいじゃない。

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