ゴルフの名言勝手に解釈  (渡辺隆司のゴルフブログ)

過去から今に伝わるゴルフの「名言・格言」を、勝手な解釈で描いて行きます。 読んだ結果、多分、ゴルフが上手くはなりません。 でも、ちょっと良いゴルファーにはなれるか、と。 もちろん責任持ちませんが。 (イラストの無断使用はしないで下さい)

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「同じリズムで歩くこと、トラブルになっても笑うこと」...リー・トレビノ。

リー・トレビノは「スーパー・メックス」と呼ばれたメキシコ系アメリカ人で、メジャー6勝、世界で89勝(うち米ツアー29勝)を誇る。
徹底したフェード打ちで、そのコントロールされた球筋と、「シルキータッチ」と讃えられた柔らかなパッティングで勝利を重ねた。

その一風変わった存在の名手の、「奥義」のような言葉がこれだ。

我々も18ホールのプレーで、覚えがあるはずだ。
調子が良く、ラッキーが続き、珍しく良いスコアが出そうな手応えを感じていると、いつの間にか歩くのが速くなり、気分が高揚し、ついには鼻歌まで出てくる。
その反対に、いい当たりが出ない、アンラッキーが続く、何をやっても上手く行かないなんて感じると、だんだん歩くのが遅くなり、しまいには足を引きずりながらノロノロと歩くようになってしまう。

ラウンド中、12番ホールを過ぎる頃には、遠目でもその歩きかたやリズムで調子が悪い人と良い人は判るようになる。
もちろん良い人は、胸を張り身体も軽そうにスッスッと歩いて行く。
悪い人は、肩を落とし、背中を丸め、足は地面から離れずに引きずりながら、ズルズルと歩いている。
こういう悪い姿勢やリズムは、悪かったものをますます悪くし、さらに酷い結果へと落ち込んで行く。

トラブルにあった時もそうだ。
普通なら、そのアンラッキーを嘆くか、ぼやくか、呪うか、怒り出す...
そうした感情が表に出ると、そのトラブルはきっとその後にさらに何重かのトラブルを呼び込むことになる。
たった1打の支払いが、3倍4倍の支払いに化けてしまう訳だ。
そうして自暴自棄のプレーが、ラウンド後の深い後悔と失望に変わる。
「笑え!」とスーパーメックスは言う。
そんなトラブルは笑い飛ばして、次の一打に集中することだ。
嘆いたって怒ったって、元に戻りはしない。
そこに打ったのは自分、誰かのせいにもコースのせいにもしちゃいけない。

ゴルフをプレーするのは、楽しむため。
プレーしながら、生きている「感じ」を味わうため。
いつだって、前の時より「上手くなっている」、「自分は、まだまだ上達出来る」と感じるため。

ゴルフは最も長い時間楽しむことが出来るゲームであるからこそ、この達人の言葉が身に沁みる。
さあ、次のラウンドは、同じリズムで歩き通そう。
トラブルになったら、笑ってしまおう。

きっと、もっとゴルフを楽しめる。


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強すぎても弱すぎても良くない。ちょうど良いグリップは親友同士が1分間握手した時の強さだ...ビル・ゴードン。


ビル・ゴードンはクラブ専属のプロで、ツアープロとしては無名だが、レッスンプロとして多くの実績を残したとされる人物。

ここで特に大事なのが、多くのプロが言っている「グリップから力を抜け」「もっと弱く握れ」という強すぎるグリップだけではなく、「弱すぎるグリップもスイングを壊す」と言っている事だ。
ボビー・ロックの言うように、「手から滑り落ちるくらいに弱く握れ」というのは主にパターを持つ時で、普通のスイングではそれではルーズになりすぎて、上手くスイングなんて出来たもんじゃない。
「グリップの力を抜け」と言われて力を抜いたら,スイング全体がフニャフニャになってしまって、ろくにボールに当たりやしない、なんていうのはみんな経験した事があるはずだ。

こういう言葉で困るのが、それが正しいと判っていても抽象的でイメージ的で、素人には基準になる目安がないという事だ。
そこで、このビル・ゴードンの言葉。

基準は「親しい友人同士が『一分間』握手をした時の強さ」。
親しくない人との握手は、儀礼的で相手に失礼のないように、ほんのちょっと触るかどうかというくらい軽く弱いものになるか、あるいは故意に好意を演出するために強く握る事が多い。
親しい友人との握手でも、ちょっと大げさに相手が顔をしかめるくらい強く握ったりする事もあるだろう。

だが「1分間」の握手となると、顔をしかめる程強く握り続ける事は難しいだろう。
自然に、親密さと尊敬と愛情を込めた強すぎず、弱すぎずの力具合になってくるだろう。
これが理想のグリップの強さだと言うわけ。

やってみるといい。
「グリップは親しい友人と「1分間」の握手をするつもりで握る。」
・・・意外と、具体的な力の加減がわかるから。

ただし、あくまでも同性の友人との話ね。
どうしても異性の親しい友人との握手...それも1分間の握手なんぞ想像してしまうと、余計な雑念が無限に絡まり始めて、しまいには強く握ってるんだか弱く握ってるんだか判らなくなるから。

そういえば、若い頃は握力が80キロ近くあったから、同性との1分間握手でも力比べになった事が良くあったなあ...
グリップに力が入る訳だ(笑)。

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「私はパーおじさんを発見してから、勝てるようになった。」...ボビー・ジョーンズ。

言わずと知れたボビー・ジョーンズの有名な言葉だ。

だが、私は以前この言葉を今と違う風に受け取っていた。
パーおじさん...オールドマンパー。
ボビー・ジョーンズはこの言葉を発見する前には、例えばセント・アンドリュースのオールドコースでの全英オープンにおいて、あまりの自分のスコアのふがいなさに切れてスコアカードを破いて棄権する、なんて事をやったりしている。
この頃のジョーンズは、「上手いけれども切れやすく、マナーがいまいち」なんて評判だったと伝わっている。
そういうジョーンズが変わったのが、この言葉「オールドマンパー」を発見して、オールドマンパーに対してゴルフをするようにしてからだと...

これを知って、オールドマンパー「パーおじさん」というのは、スコアカードのパーで、いつもスコアカードの通りにプレーする人...「冷静に機械のようなプレーをするクールで厳しい偏屈老人」だと感じていた。

これが、最近違うのだ。

パーおじさんというのは、それぞれのホールにいる18人の愉快なおじさんだと思うようになったのだ。
そう思うと、毎ホールのパーおじさんに会うのが、じつに楽しくなってくる。
1番は、気のいい優しいおっさんだ。
「まあまあ、スタートホールは広いんだから、肩の力抜いて気楽にやれよ...左のOBだけ気をつけてな」
2番の親父はちょっと油断出来ない。
「このショートは乗せただけじゃあ、安心出来ないぞ」
3番のおっさんは
「さあ、緊張も取れただろ。ここで一発ぶっ飛ばして行けや」
4番は
「おいおい、ここで気を緩めると落とし穴が待ってるぞ...」

5番の気難しそうなおじさんは
「そう簡単にいけると思ったら大違いだ。実力の程を見せてもらおうじゃないか。」
なんて、皮肉に笑う..。

こんな風に、各ホールに性格の違うおじさんがそれぞれいて、自分に話しかけて来るような気がするのだ。
そういう各ホールのパーおじさんが、いろいろな事を話しかけて来るのが良く判る時には、非常に楽しいゴルフが出来る。
スコアが良いかどうかは、グリーン上のパット次第なのであまり自分には関係ないけど、コースと(パーおじさん達と)会話出来るかどうかでコースの印象も違ってくる。
非常に個性豊かな18人のおっさんがいる愉快なコースもあれば、似たようなおっさんがあくびをしているようなつまらないコースもある。

でも、少なくともたった一人の、冷静で感情の変化のない嫌みな上級者みたいなおっさんが、スコアカード通りのゴルフをしている姿をイメージして戦うより、毎ホール違うおっさんと楽しい勝負をするイメージの方がずっと面白い。

もちろん、だからと言ってスコアは良くなるなんて保証は出来ないけれど、楽しいゴルフが出来るのは保証する。
どう、18人のおっさんに会ってみる?


(18人の美女だっていいんだけれど、女って...18人いるとちょっと怖いぞ)


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