ゴルフの名言勝手に解釈  (渡辺隆司のゴルフブログ)

過去から今に伝わるゴルフの「名言・格言」を、勝手な解釈で描いて行きます。 読んだ結果、多分、ゴルフが上手くはなりません。 でも、ちょっと良いゴルファーにはなれるか、と。 もちろん責任持ちませんが。 (イラストの無断使用はしないで下さい)

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「ロングパットが入る時は、「強く打ち過ぎた」と思う時だ。臆病なパットにチャンスはない。」...アーノルド・パーマー。

パーマーと言えば「go for break!」を合い言葉に、所謂「パーマー・チャージ」でコースを攻めまくって絶大な人気を博して、今の世界的ゴルフブームの礎を作った名ゴルファー。
そんな人物だからこそ、せっかくのチャンスにも関わらず「届かない」パットをするゴルファーが気になってしょうがなかったんだろう。
...「臆病なパットにチャンスはない」は、厳しい言葉だ。
この考え方は、かの老雄トム・モリスの「never up,never in」「届かなければ入らない」の言葉と同じ、パットはともかくカップまで届くように打て、というのが基にある。

確かに、せっかくいいショットやアプローチを打ちながら、カップに届かないパットを打つゴルファーを見ていると他人事ながら苛つく事がある。
「ショートして入らないパットも、通り過ぎて入らないパットも同じだろう?」
「命までかかっている訳じゃあるまいし、なんでもっと強く打てない?」なんて...
必要以上のビビりパットなんて見た日には、ゴルファーの人間性にまで疑問を持ってしまう。
(自分でショートした場合なんて、自分の人間性に疑問を持っちまって困ってしうまう)
そんな事を先輩ゴルファー達も感じて来たからこそ、以前に書いた「バーディーパットをショートするような人間と友達になるな!」なんて言葉が伝えられて来たりしたんだろう。

しかし、最近面白いと思うのはオープンコンペで一緒になるようなカップルの人達を見ていて、夫婦、恋人、友達関係、いずれの年代、職業に関係なく、女性の方がカップに届く強気のパットを打つ事。
総じて、男の方がショートする事が多い。
とんでもないノーカンパットは別として、きっちり30センチ以上オーバーする「男前」のパットをするのは、老若関係なく女性が多い。

何とも潔くパットを打って来て、返しを平気で入れる「男前」の女達!
それに引き換え、1メートルのパットでさえビビってショートして、それをまた外す男達!

世に言う「草食系」の男と、「肉食系」の女達ってことか?

...おーい、苦労してるのは判ってるけどさ、ショートする男達(俺も含めて)...一度「強く打ち過ぎた」と思うほど打ってみろよ、そのパット。
アーノルド・パーマーばりの、強気のパットだ。
多分そんなつもりで必死に打ったパットだって、やっとカップに届くくらいなんだろうけどさ。

...情けないぞ男達、女達にばかり「男前」のパットを打たせているのは。

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「ゴルフのコレクションとは、ゴルフという「狂気の世界」の中のもう一つ特別な「狂気の世界」である)...ジョゼフ・マードック。

このジョゼフ・マードックと言う人は、「ゴルフ収集家協会」(GCS)の創立者。
自らの趣味の事を「狂気の世界」と言うのだから、その情熱たるや常人の想像を遥かに超えたものだったろうと想像出来る。
この「ゴルフのコレクション」というもの、自分でも思い当たるのはクラシッククラブやボールという「道具のコレクション」。
ゴルフというものにある程度熱中してくると、ゴルフの歴史やゴルフ史上の名プレーヤーの逸話などに興味が湧いて来て、同時に彼らの使っていた道具にも興味が湧いてくる。
勿論、性能的には圧倒的に現代のクラブの方が上なのは間違いないし、あらゆる科学的な研究の結果を体現した今のクラブは、機能的な美しさでも昔のクラブとは比べ物にならない。

しかし、スコア以外のものにも興味が向き始めたゴルファーは、例えばほんの少し前まで使われていたパーシモンヘッドのドライバーの美しさに魅了されたりする。
その一本一本手作りの、ベテランの職人が丁寧に造り上げたクラブには、コンピューター制御で量産された機械的な現代クラブの冷たさの対局にある、温かく情緒的な佇まいを感じるはずだ。
そしてもっと昔の、「時代の名器」と言われたマグレガーやトミー・アーマーのパーシモンドライバーなんかを見てしまうと、その美しさはまさに美術工芸品と感じる事だろう。
そして、それを自分のものとして飾ってみたい、撫で回してみたい、なんて思ったとしたら、もうあなたは「狂気の世界の中の狂気の世界に嵌り込んでしまった」という訳だ。
アイアンも同じ...性能的には今のアイアンの製品管理の方が行き届いているのは当たり前。
しかし、クラシックアイアンはその材質や「無駄」としか思われない装飾にも、単なる道具以上の「何か」を感じさせるものがある。

...そんな道具に興味を持って、一つでも手に入れてしまうと...もうその病気からは逃げられなくなる。
と言っても、本人にとってはそのコレクションは趣味の世界を広げ、独りの時間を充実させ、仕事や実生活がたとえ順調ではなくても心の平安を得る事の出来る、実に有意義なものなんだけど...

道具の次に多いコレクターは、「本」...つまりゴルフ関係の「古書」を集める人達。
でも、これは日本にではあまり価値あるものは多くないので、どうしても本場英国やアメリカの「古書」集めになる...つまり、英語をある程度自由に出来ない人には敷居が高い。
他に多いコレクションは、切手、古画、スコアカード、人形、マーカー、著名ゴルファーのサイン...等々。

残念なのは、この趣味に対する理解者が少ない事。
特に家庭に置いては、資金面でも場所の面でも同居人の理解及び許可を得る事は至難の業となる。
酷い妨害に会う事さえ多々ある...個人の趣味、特に「コレクター」と言う種類の人々は他人には理解され難いものなのだ。 

面白いのは何人か知っているこういう人達、それほど上手い人は多くない。
ラウンド数だって決して多くは無く、せいぜい月1がやっとのゴルファーが多い。
腕だって、上手い人でせいぜいハンデは8〜9、一番多いのは15〜23くらいのアベレージクラス。
なんかコレクションに情熱を向けた結果、技術を上達させる方向にはあまり情熱がなくなってしまったみたいに見える。
...まあ、普通の稼ぎの人の場合は、「小遣いをコレクションに回してしまった結果ラウンドする資金がない」というだけなんだけどね。


でも、幸せそうなゴルファーばっかりだ(笑)。


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「ゴルファーにとってもっとも大事な事は、驚くような素晴らしいショットを打つ事ではなく ミスを一つずつ着実に減らす事である」...ジョン・ヘンリー・テイラー。

間違いなく真理だ、どうしようもなく正解だ...それだからこそ、我々凡ゴルファーには耳が痛い。
まあ、ゴルフに限らず「世の理」って奴は総じて面白くないし、当たり前だし、「そんな事はとっくの昔から知ってるわい!」とでも言いたくなるしろもんだ。

「ミスを着実に減らす」にはどうすればいいか...これは地道な練習を積み重ねて、どんな場合でも同じようにスイング出来る、つまりより再現性の高いスイングをゴルファー各々が造り上げるのが一番。
その上で、コースに出た時に「自分に合った」「より安全な攻め方」を考える。
そして、ミスの可能性のある冒険をせずに、自分の出来る範囲のショットで、見栄えが悪くてもより確実な方法を選んでそれを守り通す。
もしミスした時には、再び同じミスをしないように、より易しい打ち方でより易しい攻め方を選択する。
これをやり続ければ、そのラウンドは自分の実力にあった「つまらないミスの少ない」それなりのスコアで回れるのは確実だ。
...こういう攻め方(ラウンドの方法)は、少しゴルフをやって来た人なら誰でもわかっている事だと思う。
先人の名言は、間違いなく正しくて参考になる。

なのになぜ、みんなこの先人の言う通りにラウンドしないんだろうか?
池があれば越えたがり、コースが曲がっていればショートカット狙い、フェアウェイが狭くたってドライバーをぶん回し、バンカー越えのピンはデッドに攻めたがり、奥歯や腰がぶっ壊れるほど力を入れて攻めまくる...

...「面白くない」のだ、先人の言う通りのゴルフは。
我慢して、耐えて、冷静に計算して、気持ちを抑えて安全第一...そんなことは普通の人は実生活でさんざんやって来ている事だもの、ゴルフコースでまでそんな事したくないんだよね。
たとえ確率5割を切っていたって、10割ダメな訳じゃない...命までとられる訳じゃない、一か八か、行くかやめるかなら「行っちまえ!」だ。
プロだって躊躇する様なトラブルでも、「まず安全に」なんて言葉は頭からこぼれ落ちてる。
そんな超難易度トラブルショットでも、我々凡ゴルファーのノー感出会い頭ギャンブルショットがたまに上手く行っちまう...そんなスンバらしいショットが打てた(単なる偶然ラッキー使いまくりショットなんだけど)日には、「もう、スコアの多少は関係ない!」になっちまう。
そう、「自分で信じられないような素晴らしいショット」が打てると、スコアよりも報われた気持ちになるゴルファーが実に多いんだ。

だから「このままじゃいけない」と思った凡ゴルファーは、その「快感」をまず捨てる事。
コースに出たら、「坊さんの修行」のような気持ちで、淡々と「ミスを減らす」ゴルフに徹する事。
そうすれば、絶対にスコアは良くなる事間違いない。

我々にとって、ゴルフってのは「気持ちが良くてスコアが悪い」か、「ストレスが溜まりに溜まるがスコアは良い 」の二択なのだ。

さあ、どっちにしたい?
...御同輩。 

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